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レファレンス協同データベース

レファレンス事例詳細

事例作成日
2024/01/30
登録日時
2025/03/14 00:30
更新日時
2025/03/14 00:30
提供館
港区立三田図書館 (2300158)
管理番号
6000012641
質問

解決

六本木にある東京ミッドタウンが建っている土地の変遷が知りたい。
回答
『ミッドタウン・タワー超高層ビル248mへの道』p.30に「東京ミッドタウンの前は防衛庁、江戸時代は大名屋敷だった」の項があり、p.30-34に2007年(平成19)3月30日東京都港区赤坂に開業した大規模な複合施設「東京ミッドタウン」が出現した経緯についての記載がある。
それによると、江戸時代に長州藩毛利家の江戸屋敷がおかれていたこの土地は、明治期には陸軍の駐屯地(軍事基地)となり、1945年(昭和20)に太平洋戦争が終わると、アメリカ軍の施設となった。その後、日本に返還され、1960年(昭和35)防衛庁本庁舎ができた。2000年(平成12)防衛庁が新宿区市谷へ移転すると、隣接していた港区檜町公園を合わせて再開発されることとなった、とある。

同様の記述が『東京ミッドタウン』p.112「サイト・ヒストリー 土地の変遷 -江戸、明治、大正、昭和、平成」の項にあり、p113に「江戸麻布御屋敷土地割差図」、p114-115に1883年(明治16)から2006年(平成18)までの地形図・空中写真等が8点掲載されている。

長州藩毛利家の下屋敷を描いた前述の「江戸麻布御屋敷土地割差図」については、『みる・よむ・あるく東京の歴史4 地帯編1』p.62-63に詳しい。
作図は1770年(明和7)~1800年(寛政12)頃とされており、清水亭といわれた庭園は江戸を代表する名園の一つとして知られたことが伝えられている、との記述がある。
その後の土地の様子については、p.64-65「長州藩邸跡地と赤坂・青山地区の近代」に、「大名屋敷の変貌」「軍都化する赤坂・青山・麻布」「アジア・太平洋戦争と長州藩邸跡地」「軍部の一画からの変貌」として以下のように掲載されている。
幕末に幕府により屋敷が没収され、維新政府によって一時管理されると、1868年に東京府の所管を経て軍用地となり、歩兵第一聯隊が置かれた。
その後、赤坂・青山から麻布にかけてさまざまな軍関係施設が移転あるいは設置され、一帯は軍都としての性格を強めていった。
1931年(昭和6)の満州事変を機に、日本は大陸進出を加速させ、1936年(昭和11)5月には歩兵第一聯隊が満州に移駐したが、歩兵第一聯隊が出発するおよそ3ヶ月前に、近代日本最大のクーデターともいわれる二・二・六事件が勃発。この日早朝に檜町の営舎前に整列した歩兵第一聯隊第11中隊ら450名余は、永田町の首相官邸、陸軍官邸に向かい襲撃を開始した。檜町は、日本が戦争の時代に突入する出発点となった、とある。

p.65に「旧歩兵第1聯隊本部」の写真があり、洋風建築の建物は2001年(平成13)の防衛庁の移転まで使用された、とある。
また、p.66-67「御屋敷街・軍都の名残をいく」の項に、明治以降の周辺の街の様子が記載されている。
p.67「赤坂・青山」地図中①に「歩兵第1聯隊跡地にそびえる東京ミッドタウン」の写真がある。

『日本の防衛 防衛白書 平成16年版 防衛庁・自衛隊発足50年を迎えて』巻頭「写真で見る防衛庁・自衛隊50年」1960年(昭和35)の項に、「東京都港区六本木(桧町)へ移転した防衛庁本庁」として1960年1月の写真が掲載されている。

この土地は、東京ミッドタウン建設事業に先駆けて2002年(平成14)4月から16ヶ月をかけて発掘調査が実施された。
調査の詳細は『赤坂檜町の三万年 東京ミッドタウン前史』に詳しい。
p.3「はじめに」に、前述の調査期間と「毛利家屋敷に関わる遺構・遺物はもとより、古墳時代や縄文時代の集落跡のほか、港区では最古の遺物である今から3万年前の旧石器時代の石器が出土し、港区の歴史を1万年以上も遡らせる発見」とあり、「この土地に刻み込まれた3万年の歴史を発掘調査の成果や長州藩関係の文書、絵画資料、歩兵第一連隊にかかわる資料等で紹介」している、との記述がある。
同書は、港区立郷土歴史館において2008年(平成20)に開催された特別展「東京ミッドタウン前史 赤坂檜町の三万年 旧石器~長州藩下屋敷~歩兵第一連隊」の展示図録である。原始・古代から江戸時代を経て近現代に至るまでの様子が、発掘調査により出土した品々、江戸時代の絵図、明治以降の写真など豊富な資料とともに紹介されている。

[東京ミッドタウン]公式ホームページ (ホーム>東京ミッドタウンについて>歴史と開発)に、「土地の歴史」等についての記載がある。

(2024年2月更新)
回答プロセス
事前調査事項
NDC
参考資料
  • ミッドタウン・タワー超高層ビル248mへの道深光 富士男/文佼成出版社   (p.30-34)
  • 東京ミッドタウン三井不動産株式会社/監修新建築社   (p112-115)
  • みる・よむ・あるく東京の歴史4池 享/編吉川弘文館   (p.62-67)
  • 日本の防衛平成16年版防衛庁/編国立印刷局   (巻頭)
  • 赤坂檜町の三万年港区立港郷土資料館/編港区
キーワード
  • 大名屋敷(ダイミョウ ヤシキ)
  • 長州藩(チョウシュウハン)
  • 防衛庁(ボウエイチョウ)
  • 赤坂 檜町(アカサカ ヒノキチョウ)
  • 六本木(ロッポンギ)
  • 東京ミッドタウン(トウキョウミッドタウン)
  • 歩兵第一連隊(ホヘイダイイチレンタイ)
  • 歩兵第一連隊(ホヘイダイイチレンタイ)
照会先
寄与者
備考
調査種別
文献紹介
内容種別
郷土,歴史・地理,建造物
質問者区分
登録番号
1000364318
転記用URL
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000364318 コピーしました。
アクセス数 1027
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