レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年09月15日
- 登録日時
- 2023/03/01 15:10
- 更新日時
- 2023/03/02 16:47
- 管理番号
- 福島地域0415
- 質問
-
解決
会津民謡「会津磐梯山」について調べています。
つきましては、次の事項について教えて下さい。
1 会津民謡「会津磐梯山」の成立時期
2 会津民謡「会津磐梯山」の全歌詞
3 「会津磐梯山」は、会津民謡「玄如節」(げんじょ・ぶし)の21番であるといわれていますが、玄如節の21番の歌詞
4 玄如節の成立時期
5 「会津磐梯山」に出てきます「小原庄助」のモデルについての諸説
- 回答
-
1. 会津民謡「会津磐梯山」の成立時期
資料(1)
『会津大事典』 会津事典編纂会/編纂 国書刊行会 1985.12
p30「会津磐梯山」 起源について以下の記載あり
「民謡の「盆踊歌」の一つ。」「若松地方の盆踊歌は、明治初年に越後の油締め職人が歌い踊った「五ヶ浜甚句」から始まったというが、これは誤伝で、同甚句とは無関係が明白になっている。この歌の起源はまだ明確ではないが、明治以前であることは確実で、古い盆踊歌や、盆踊の様子の手記などが発見されている。」
資料(2)
『東北民謡集 福島県』 日本放送協会/編 日本放送出版協会 1963
巻末解説p13-14「かんしょ踊(会津磐梯山)」解説あり
「明治初年越後五ヶ浜から若松に来ていた油締めの若い衆が阿弥陀寺境内で踊つたのが始まりで、(…中略…)それから少しずつ節が変つて来て大正十年頃大西玉子がキングレコードに吹込み文の検定済みとなつた。その後「會津磐梯山」と銘打つて小唄勝太郎がビクターレコードに吹込み、それが当つて全国的に普及した。」
※文は丸囲いした字
このほか、明治初年とする同様の記載は、下記の資料にもありました。
資料(3) 『福島の民謡とわらべ歌』 懸田弘訓/編著 岩瀬書店 1974 p213
資料(4) 『会津若松史 第11巻 文化編』 会津若松史出版委員会/編 会津若松市 1967 p407「歌謡」
※国立国会図書館デジタルコレクション図書館・個人送信資料
(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3008924)
資料(5) 『会津若松市史 21 民俗編1』 会津若松市秘書公聴課市史編さん担当/〔編〕 会津若松市 1999.12 p39-40「会津磐梯山」
2 会津民謡「会津磐梯山」の全歌詞
3 「会津磐梯山」は、会津民謡「玄如節」(げんじょ・ぶし)の21番であるといわれていますが、玄如節の21番の歌詞
資料が重複しますので、ご質問2・3は合わせて回答いたします。
民謡「会津磐梯山」「玄如節」の歌詞については一定したものではないようで、資料により歌詞に差異があります。下記の資料(1)に記載されているように、即興的につくられた歌詞が多数存在するようです。
なお、昭和9年に発行されたレコード「会津磐梯山」の歌詞の一部が「玄如節」から転用された旨の記載は下記の資料に見つかりました。
資料(1) 『会津大事典』(再掲)
p217「玄如節」 以下の解説あり
「ある寺の美男小姓玄如と、玄如を見染めた里の娘との水汲みにまつわる「玄如見たさに朝水汲めば、姿かくしの霧が降る」が元歌という。」
「玄如節は元の「玄如見たさに…」が歌い継がれただけで、他はすべて即興的につくられたもので「歌垣」の習俗に由来するものである。」
p30「会津磐梯山」
「なお「会津磐梯山」というのは、昭和一〇年ころ歌手の小唄勝太郎が「小原庄助…」の囃子を入れてレコード化したときに付けた曲名で、歌い出しの歌詞は「玄如節」からの転用で、曲名もまたこれに由来するものである。」
資料(3) 『福島の民謡とわらべ歌』 (再掲)
p213「会津磐梯山」
「昭和十年ごろに、「小原庄助さん…」の囃子ことばをいれ、「会津磐梯山」と名づけてレコードをだしました。ここで第一節目にうたわれていて、いまでは元歌のようになってしまった「会津磐梯山 宝の山よ…」の歌詞は、じつはおなじ会津の民謡「玄如節」からの転用で、曲名もこれよりとったものです。」
民謡「会津磐梯山」「玄如節」の歌詞は以下の資料に記載が見つかりました。
「会津磐梯山宝の山よ 笹に黄金は成さがる」にあたる部分の歌詞は下記の資料にはいずれも掲載されていました。
資料(2) 『東北民謡集 福島県』(再掲)
p193-194「会津磐梯山(かんしょ踊)」歌詞あり(58節)
p280「玄如節」歌詞あり(12節)
資料(3) 『福島の民謡とわらべ歌』(再掲)
p210-212「会津磐梯山」の歌詞(31節)、p213に解説あり
p171-172「玄如節」の歌詞(22節)、p173-174に解説あり
資料(6) 『福島県民謡全集』 福島県民謡連盟/編 高島書房出版部 1980.4
※若干差異がありますが、該当部分は資料(3)とおおむね同じ内容です。
p202-204「会津磐梯山」の歌詞、p204-205に解説あり
p176-177「玄如節」の歌詞、p178-179に解説あり
資料(7) 『福島県史 第20巻 各論編 文化1』 福島県/編 福島県 1965
p739「会津磐梯山」解説、p743に歌詞(3節)
p740「玄如節」解説、p744に歌詞(12節)
資料(8) 『日本の民謡 東日本編(現代教養文庫)』 長田 暁二・千藤 幸蔵/編著 社会思想社 1998.9
p200-201「会津磐梯山」 長田幹彦作詞の歌詞と解説あり
なお、国立国会図書館歴史的音源(https://rekion.dl.ndl.go.jp/)で、「会津磐梯山」の音源をインターネット上で聞くことができます。
例えば以下のものが公開されています。歴史的音源の検索窓で「会津磐梯山」と入力して検索するとより多くの音源がヒットします。
・会津磐梯山 福島県民謡, 鈴木 正夫 (ビクター, 商品番号 : V-41904, 1959-02)
https://rekion.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3578459
・会津磐梯山 福島県民謡, 長田 幹彦∥補作詞, 小唄 勝太郎, 日本ビクター管絃楽団[伴奏] (ビクター, 商品番号 : V-40788, 1934-07)
https://rekion.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1318142
「玄如節」についても登録されているようですが、こちらは歴音参加館限定公開となっています。配信提供に参加している図書館や国立国会図書館の館内で聞くことができます。
参加館の一覧 https://dl.ndl.go.jp/ja/rekion_librarylist.html
また下記資料(9)は当館に所蔵がありませんが、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されており、インターネット上でご覧いただけます。
資料(9) 『東北民謡集』日本放送協会東北支部 編 日本放送協会東北支部 昭和8
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1212840/22
22-23コマ目「げんじょ節」歌詞あり
4 玄如節の成立時期
下記の資料に若干の記載がありました。
資料(4) 『会津若松史 第11巻 文化編』 (再掲) p407「歌謡」
「現存する「玄如節」や「会津大津絵」は恐らく江戸時代末期のものであろう。」
5 「会津磐梯山」に出てきます「小原庄助」のモデルについての諸説
下記の資料に、「小原庄助」のモデルに関する諸説について紹介・考察している記述がありました。
資料(2) 『東北民謡集 福島県』(再掲)
巻末解説p14「エピソード」に「小原庄助は架空の人物かどうか」について諸説の紹介あり
資料(5) 『会津若松市史 21 民俗編1』(再掲)
p38-39「玄如節」
p39-40「会津磐梯山」 p40に小唄勝太郎が歌った小原庄助の歌詞の由来について若干の記載あり
資料(10)
『歴史春秋 第45号』 会津史学会/編 歴史春秋出版 1997.4
p152-161「「小原庄助さん」出生の謎にせまる」(小桧山六郎)
資料(11)
『日本山岳文化学会論集 第10号』 日本山岳文化学会/編 日本山岳文化学会 2013.2 ※貸出不可
p23-34「会津磐梯山と小原庄助さん考」(桶川和気夫)
資料(12)
『会報 第31号』 猪苗代地方史研究会/編 猪苗代地方史研究会 1998.4 ※貸出不可
p75-77「小原庄助の一考察」(小鮒寿美)
資料(13)
『しみず (第25号)』 清水地区郷土史研究会/[編] 清水地区郷土史研究会 2014.3
p57-63「歴史研究「小原庄助さん」(永野壽子)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000329516