レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/07/22
- 登録日時
- 2023/01/30 00:30
- 更新日時
- 2023/01/30 00:30
- 管理番号
- 小寺池図書館 R1001132
- 質問
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解決
西来庵事件(タパニー事件)(1915年)とは
- 回答
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西来庵事件は、別名「タパニー事件」の名で知られている。1915年(大正4年)に台南の山地で起きた、日本統治下の台湾での最大の抗日蜂起事件である。
主犯である余清芳・羅俊・江定の三人は、革命を起こして日本人を台湾から駆逐するよう、台南の西来庵という寺廟で「大明慈悲国」を建国すると主張し、法力を持っていると言って人々を煽動し同志を募った。
しかし計画は事前に警察に察知され、関係者は逮捕、首謀者は逃走したが、羅俊は捕らえられた。
余清芳と江定らは広大な山中に退いたが、およそ300人の集団を率いて各集落の派出所や駐在所を襲撃し、多数の日本人を殺害した。
近在の農民を仲間に入れ、およそ1000人にふくれ上がった余清芳の部隊はタパニーに向かい、その情報を得た警察と来援軍隊を相手に激しい戦いを繰り広げた。
ついに支えきれず、300人あまりの死者を遺棄して山中に退却した。しかし、蜂起加担者らは次々と捕えられ、余清芳も住民に捕縛され警察隊に引き渡された。翌年、江定も下山して自首した。余清芳の敗走後、日本側は報復として本島人数千人を惨殺したといわれている。
この事件で被告は1957名にも達し、死刑は866名、懲役刑453名、行政処分および不起訴544名、無罪86名、その他8名であった。
しかし大正天皇の即位の恩赦が適用され、死刑は無期あるいは有期に、有期はさらに短く減刑され、死刑執行は95人だった。
参考資料(1)(2)(3)(8)に詳細な記述あり。
- 回答プロセス
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『西来庵事件』『タパニー事件』で検索するも該当書籍がヒットせず。
Japanknowledgeで『西来庵事件』『台湾抗日運動』を検索すると国史大辞典に記述ありとの結果。参考文献や著者、【台湾】【台湾の歴史】【日本統治】等のキーワードで検索した。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 図説台湾の歴史 周婉窈/著∥濱島敦俊/監訳∥石川豪/訳∥中西美貴/訳∥中村平/訳 平凡社 2013.2 222.4 (p105-110)
- 台湾の歴史 喜安幸夫/著 原書房 1997.6 222.4 (p113-116)
- 現代史資料 21 みすず書房 1979 210.7 (p52-98)
- ビジュアル年表台湾統治五十年 乃南アサ/著 講談社 2016.6 222.406 (p69-70 主犯、余清芳と羅俊、西来庵の建物の写真あり。)
- 国史大辞典 8 国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1987.10 210.033 (p269)
- 台湾 戴国煇/著 岩波書店 1988.10 222.4 (p74-75)
- 台湾総督府 黄昭堂/著 筑摩書房 2019.6 317.8 (p98-99)
- 植民地台湾の日本女性生活史 2 竹中信子/著 田畑書店 1996.10 367.2224 (p94-102)
- キーワード
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- 西来庵事件 タパニー事件 台湾抗日運動
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 歴史・地理
- 内容種別
- 一般資料
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000328170