レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016年07月05日
- 登録日時
- 2020/03/06 15:57
- 更新日時
- 2021/06/19 16:55
- 管理番号
- M0306
- 質問
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解決
終戦時期に釧路にいた日本軍が、駐留していた場所を知りたい。
お客様のお父様の話によると「小学校、確か別保小学校だったような気がする。山の上から釧路の街が空襲の被害を受けた様子を見ていた。」とのことだったが、真偽が定かではないとのこと。
- 回答
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終戦時期、釧路での日本軍駐留場所の詳細が載った資料は、見つけられなかった。
調べて比較的明確にわかったのは、歩兵第二十七連隊(熊九二〇五部隊/旭川第七師団 ほか)が、釧路村天寧地区(現在の陸自駐屯地)に本部を作ったということで、この場所はお客様のお父様が話していた、別保小学校の北の方角にある山中であるため、近いのではないかと思われる。
そのほか『祖父母が孫たちに語る釧路空襲』には、当時の駒場町に熊部隊(おそらく前述に話していた部隊ではないかと思われる)が駐留していたとの記載があったが、それ以外にそういった記述のある資料はなく、詳細は明らかにならなかった。
また、その歩兵第二十七連隊は天寧に本部を置いた後、昆布森から大楽毛にかけての海岸線沿いに、トーチカ(コンクリートで堅固に構築した小さな砦のような陣地)を作っているが、その周辺に駐留したという情報は残っておらず、こちらも詳細は不明である。
以上のことから、調べて1番正確性の高い情報を、お客様にお電話でお伝えした。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 『釧路町史』釧路町史編集委員会/編.1990, 1423p.図版13枚.22cm,K 292 /K /(資料コード:213534194)
- 『道東 戦後四十年史: 歴史編(上巻)』釧路新聞社/編.1986.11, 820p.31cm,OK 292 /K /1(資料コード:213476049)
- 『歩兵第二十七聯隊史』陸上自衛隊第二十七普通科連隊広報班/編.1977.6, 98p.21cm,K 396 /R /(資料コード:211314116)
- 『旭川第七師団』示村 貞夫/著.1984, 450p.22cm,K 396 /S /(資料コード:211314064)
- 『祖父母が孫たちに語る釧路空襲-もう戦争はいやです』加藤 忠史/著. 2004.7, 53p.31cm,QK 369.3 /K /2(資料コード:213977955)
- キーワード
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- 別保小学校
- 釧路空襲
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000275439