レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019年08月08日
- 登録日時
- 2019/11/24 13:32
- 更新日時
- 2019/11/24 13:32
- 管理番号
- 2019-0014
- 質問
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源義経が、平泉に逃げた時に一緒だった家臣は誰か。
- 回答
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・『ビジュアル源平1000人』世界文化社 2011年 p124~132・・・武蔵坊弁慶など数名の名の記載ある
・『奥州藤原氏』 高橋富雄・著 吉川弘文館 p256・・・「追放後の義経はみるも無残・・・伊勢三郎・武蔵坊弁慶ら手郎等が、わずかにそのまわりにあるだけだった」と記載あり。
・『義経伝説をゆく』京都新聞出版センター・編 京都新聞出版センター 2004年 p114・・・「実際の義経の奥州下りには謎が多い。捜索の目をくぐって逃避行を続けたのだから無理もないが、まず一行の人数からして諸説ふんぷんだ。歌舞伎の『勧進帳』は主従合わせて六人だが、その原曲である能の『安宅』では流派によって八人から十二人ものシテとツレ、子方、狂言方が登場する。『義経記』には十六人とあり、加賀前田家に伝えられた古文書には何と山伏姿三十余人にものぼったとある・・・」と記載あり。
- 回答プロセス
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伝記や歴史の書架から探す。記述されていることに相違があるので、複数提供。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000267439