レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019/5/27
- 登録日時
- 2019/10/03 00:30
- 更新日時
- 2024/03/29 00:33
- 提供館
- 金沢市図書館 (2310230)
- 管理番号
- 玉川-000754
- 質問
-
解決
【涌波新村の新開に関わった百姓について】 1.寛永10年(1633)に、藩からの小立野台地新開の触に加賀国涌波村の百姓七人が呼応し、涌波新村に移り住んだと聞いているが、この七人の百姓の名前はわかるか。
2.涌村という姓は全国に90人ほどの稀少な姓で、その9割が石川県に居住しているらしいが、姓の由来はわかるか。
- 回答
-
〇1について
質問者が紹介してきた事項は、『日本歴史地名大系 17 石川県 石川県の地名』(118287258)p.513の「涌波新村」の項にまとめられている。概要は以下の通り。
・寛永9年の辰巳用水の開削後、藩により下小立野開墾計画が持ち上がる。
・大桑村が開墾に応じなかったため、河北郡涌波村の百姓七名に開墾が命ぜられ、それぞれに1町歩の屋敷が与えられた。
・涌波新村は一時期涌波村と称していたが、延宝5年(1677)に藩命により再び涌波新村と改められた。
『日本歴史地名大系 17 石川県 石川県の地名』が出典としている『加賀志徴 下編』(11824805)には、p.281「下小立野」の項に「加賀郡涌波村より與兵衛・九兵衛・善左衛門・九郎兵衛・加兵衛・次郎兵衛・宗兵衛〆七人」と記されていた。
なお、『加賀志徴』の引用元である『改作所旧記 中編』(11824821) p.198では「與兵衛・九兵衛・善右衛門・九郎兵衛・加兵衛・次郎兵衛・宗兵衛〆七人」と記されている。
『さきうら』(119764317)p.102にも七名の記載あり。「与兵衛・久兵衛・善右衛門・九郎兵衛・加兵衛・次郎兵衛・宗兵衛」と記されている。
〇2について
以下の郷土の名字(苗字)関係の資料には涌村姓に関する記載なし。
『名字のふるさと』(119463814)
『電話帳からみた北陸の姓』(11822580)
『石川県の名字』(118529789)
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 17 石川県姓氏歴史人物大辞典』(118421945)
全国的な名字(苗字)関係の辞典を確認。
『日本姓氏大辞典 表音編』(11068211)p.809に涌村がある。
名字の由来ごとに分類の略号が付されているが、涌村は無記号である。
凡例によると、無記号は地名に由来するものとなっている。
以下の資料に涌村姓はなし。
『姓氏家系大辞典 第三巻』(11825426)
『全国名字大辞典』(113179570)
『難読・稀少名字大事典』(112825303)
涌波及び涌波の属する崎浦地区に関する以下の資料に記載なし。
『崎浦郷土史』(11921775)
『涌波の歴史あれこれ』(11910900)
『さきうら』(119764317)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000262266