レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012/07/04
- 登録日時
- 2015/01/15 00:30
- 更新日時
- 2015/01/15 16:33
- 管理番号
- 所沢新所-2014-008
- 質問
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解決
干瓢に関する本(いつから食べられているのか、また調理方法など)を見たい。
- 回答
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『乾物と保存食材事典』(誠文堂新光社 2011年)には、「中国で精進料理の食材として使われていたものを、16世紀頃に中国へ渡った留学僧が持ち帰ったとされる。」と記述がありましたが、「詳しい文献はない」と記述のある資料もあり、いつから食べられているかについて詳細は確認できませんでした。
調理方法については、和え物、汁の実にするほか、煮物、炒め物、精進料理のだしを取る用、寿司の具や結びひもとして用いる等があるようです。
下記資料には干瓢について、また調理方法などが記載されています。
〇『乾物と保存食材事典』 星名桂治/監修 誠文堂新光社 2011年
〇『食品図鑑』 女子栄養大学出版部 1995年
〇『人づくり風土記 9』 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989年
〇『世界大百科事典 6』 平凡社 2007年
〇『乾物入門』 蔀一義/著 日本食糧新聞社 1995年
〇『総合百科事典ポプラディア 3』 ポプラ社 2011年
〇『地域食材大百科 第2巻』 農山漁村文化協会 2010年
下記資料にはかんぴょうを用いた料理の詳しい調理方法が記載されています。
〇『郷土料理大図鑑』 向笠千恵子/監修 PHP研究所 2008年
〇『大将の乾物料理』 蔀一義/著 文化出版局 1990年
〇『乾物料理』 有元葉子/著 昭文社 2005年
- 回答プロセス
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1.所蔵資料の内容確認 (検索キーワード:「夕顔」「かんぴょう」「干瓢」)
〇『乾物と保存食材事典』 星名桂治/監修 誠文堂新光社 2011年
p.18 「かんぴょう」の項に以下の記述あり。
「16世紀に中国から伝わった、ひょうたんと同じツル性植物ゆうがおの一種であるふくべの実を薄く細長い帯状にむいてほしたもの。生産地は江戸時代に関西から関東へ移り、現在は特に栃木県が有名だが、需要の9割は中国産。~(後略)」
「中国で精進料理の食材として使われていたものを、16世紀頃に中国へ渡った留学僧が持ち帰ったとされる。最初の主産地となったのは、河内(現在の大阪)の木津という場所。~(後略)」
また、「かんぴょう汁」の作り方の記述あり。
〇『食品図鑑』 女子栄養大学出版部 1995年
p.340 「ユウガオ」の項に[伝来]、[品種]、[産地]、[加工法]、[利用]の説明があり、その中に「かんぴょう」についても記述あり。
「[伝来] 原産地は北アフリカまたはインドと考えられている。~(中略)~日本へは中国から渡来したと思われるが詳細は定かではない。しかし、『源氏物語』(1008年)にも記載されており、古くから栽培されていたのは明らかである。」
「[産地] 日本での栽培は関西地方で始まり、関東に伝えられた。」
「[利用] ほとんどがかんぴょうとして精進料理やすし、冠婚葬祭の料理の材料として利用されるが、東北、北陸地方では苦みのない細長形のユウガオを煮付けやあんかけ、汁の実として食べたり、漬物の材料にする。~(後略)」
〇『人づくり風土記 9』 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989年
p.121~126 「5 下野のかんぴょう」の項に、以下の記述あり。
p.121 「(前略)~ユウガオがいつの時代に日本に渡来したかは、明確な文献がないのではっきりしませんが、インド・中国・朝鮮を経由して、おそらく四世紀後半に伝わったのであろうといわれています。」
p.121 「(前略)~いつ、どのようにして栃木県にユウガオの栽培が始まり、かんぴょうができるようになったのか、はっきりとした文献はありませんが、今から二百七十七年前の正徳二年(一七一二)に、江州(滋賀県)水口の城主だった鳥居伊賀守忠英(とりいいがのかみただてる)が、下野国の壬生城に封ぜられてからユウガオが栽培されるようになったということが通説になっています。」とあり、忠英は「江州 木津村からユウガオの種を取り寄せ・・・」と記述あり。
p.126 「かんぴょうをもどして味付けしたものや、サラダ・カレーピクルス・即席漬け・立田揚げ、そのほかいろいろな料理方法を試みて、それらの宣伝・普及に努めています。最近では、かんぴょうの粉末を入れた「夕顔うどん」やクラッカーなどが試作されました。~(後略)」
〇『世界大百科事典 6』 平凡社 2007年
p.484 「かんぴょう 干瓢」の項あり。
「(前略)~いつごろから作られるようになったかは明らかでないが,《下学集》(1444)あたりから名を見るようになる.《和漢三才図絵》(1712)には河内,摂津が産地として挙げられているが,現在では栃木県が主産地である.~(略)~和え物,汁の実などにするが,とくに煮物がよい.ほかに昆布巻きや八幡巻き,あるいは稲荷ずしなどに結びひもと使われる.また,コンブ,シイタケと並んで精進のだしをとるのにも用いられる.~(後略)」と記述あり。
〇『乾物入門』 蔀一義/著 日本食糧新聞社 1995年
p.192 「干瓢」の項あり。
「(前略)~ゆうがおの栽培は古くから行われ、神功皇后が韓国から種を持ち帰ったと伝えられており、かんぴょう生産の発祥地は大阪の木津といわれ、今でも「きず」がかんぴょうの代名詞として業者間で使われています。~(略)~江戸時代正徳年間に水口宿のある近江国の藩主が下野国(今の栃木県)に転封になり、種子と製造技術を伝えたのが関東でのかんぴょう製造のはじまりとされています。~(後略)」と記述あり。
〇『地域食材大百科 第2巻』 農山漁村文化協会 2010年
p.385 「ユウガオ」の項あり。
「わが国への伝来時期:10世紀には観賞用や容器用として栽培されている。」と記述あり。
「原産・来歴と利用の歴史」に、「(前略)~かんぴょう製造の始まりは、滋賀県説(慶長:1596~1614年間の初め)、栃木県説(正徳2:1712年頃)、大阪府説(元禄2:1689年)があるが、いずれも口碑や昔話によるもので確かな文献が残っていないため、誰が、いつ、どこで、どうやって、何のためにつくり始めたかは不明である。」と記述あり。
p388 「主なかんぴょう料理」に料理名あり。
2.下記資料には、干瓢の調理方法のみが記載されています。
〇『総合百科事典ポプラディア 3』 ポプラ社 2011年
p.128 「かんぴょう」の項あり。
「(前略)~食べるときは、水でもどしてから煮て、味をつける。栃木県の特産物。新鮮で質のよいかんぴょうはクリーム色をしていて、あまい香りがする。巻きずしや五目ずしの具、昆布巻きのひもなどに用いる。」と記述あり。
〇『郷土料理大図鑑』 向笠千恵子/監修 PHP研究所 2008年
p.23 「千葉県」の項に「カンピョウ」を加えた「太巻きずし」の作り方の記述あり。
〇『大将の乾物料理』 蔀一義/著 文化出版局 1990年
下記料理の作り方の記述あり。
「かんぴょうのしょうゆ煮」、「かんぴょうのみそ汁」、「かんぴょうのピリ辛いため」、「かんぴょうの四色丼」、「かんぴょうの五目ずし」、「かんぴょうとねぎの卵とじ」、「かんぴょうの三杯酢」
〇『乾物料理』 有元葉子/著 昭文社 2005年
下記料理の作り方の記述あり。
「かんぴょうのにんにくベーコン炒め」、「かんぴょうの甘酢炒め」、「かんぴょうの含め煮」
- 事前調査事項
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 9版)
- 食品.料理 (596 9版)
- 参考資料
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- 郷土料理大図鑑 向笠千恵子/監修 PHP研究所 2008.12 383.81 978-4-569-68920-3
- 食品図鑑 女子栄養大学出版部 1995.3 498.52 4-7895-5423-6
- 人づくり風土記 9 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989.11 210.5 4-540-89010-7
- 総合百科事典ポプラディア 3 ポプラ社 2011.1 031 978-4-591-11868-9
- 世界大百科事典 6 平凡社 2007.9 031
- 乾物入門 蔀一義/著 日本食糧新聞社 1995.11 619
- 乾物と保存食材事典 星名桂治/監修 誠文堂新光社 2011.10 619 978-4-416-81168-9
- 大将の乾物料理 蔀一義/著 文化出版局 1990.5 596.3 4-579-20358-5
- 乾物料理 有元葉子/著 昭文社 2005.9 596.3 4-398-21210-8
- 地域食材大百科 第2巻 農山漁村文化協会 2010.5 498.5 978-4-540-09262-6
- キーワード
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- 郷土料理
- 夕顔
- 瓢箪
- 干瓢
- 乾物
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 小学生
- 登録番号
- 1000166157