レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/03/01
- 登録日時
- 2013/05/23 00:30
- 更新日時
- 2013/05/23 00:30
- 管理番号
- 福参-0843
- 質問
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解決
元禄時代の勘定奉行、荻原重秀が「貨幣は国家が造るもの、たとえ瓦礫であっても金銀の代わりに通用させてよい」というようなことを言ったそうだが、そのことがわかる資料はあるか。
- 回答
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・『勘定奉行荻原重秀の生涯』 村井淳志 著 (集英社 2007 p.117-118)
荻原重秀(彦次郎)はヨーロッパの経済学界よりも200年も早く名目貨幣の考え方に気付いているとして、
『三王外記』から彼の言葉を次のように引用している。
「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし。今、鋳するところの銅銭、悪薄といえどもなお、紙鈔に勝る。これ遂行すべし。」
・『三王外記』
国立国会図書館デジタル化資料として上下巻に分かれてインターネット公開されており、上記の言葉 は以下のペ ージに収録されている。
国立国会図書館デジタル化資料 『三王外記. 上』 第9コマ 6~7行目 (http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/772809 最終確認2013年1月13日)
・『国史大辞典 2』 国史大辞典編集委員会編 (吉川弘文館 1980 p.790)
荻原重秀(1658-1713)は江戸時代中期の幕府勘定奉行(勘定頭)で、通称は五左衛門、のち彦次郎。貨幣の改鋳を建議して、それにより元禄8年に改鋳および新旧貨幣引替の主任となり、翌年勘定頭に進み、従五位下近江守に叙任されている。
- 回答プロセス
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『国史大辞典 2』で概要を確認し、「荻原重秀」で所蔵検索を行った。『勘定奉行荻原重秀の生涯』の目次に、おたずねの言葉が副題として記載されており、その章を確認した。「三王外記」でGoogle検索したところ、レファレンス協同データベースの事例があり、国立国会図書館デジタル化資料が紹介されていた。デジタル化資料の中で、元禄8年頃の記述を探した。
- 事前調査事項
- NDC
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- 貨幣.通貨 (337 8版)
- 参考資料
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- 1 勘定奉行荻原重秀の生涯 村井/淳志?著 集英社 2007.3 289/11/952 117-118
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2 国史大辞典 2 国史大辞典編集委員会?編 吉川弘文館 1980.7 210/03R/70-2 790
- キーワード
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- 貨幣経済 通貨の信認 荻原重秀 江戸時代 新井白石 貨幣改鋳 悪貨 良貨 貨幣流通 インフレーション デフレーション
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- ※国立国会図書館デジタル化資料『三王外記. 上』第9コマ 6~7行目では、“直秀曰”と書かれているが、第8コマで“荻原直秀対曰”という記述があり、第9コマの頭註に“萩原近江守、行下一本有之、貨一本作色”、“計吏、勘定役、総計官、勘定奉行”と記されている。
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000131532