レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2010/09/21 20:02
- 更新日時
- 2017/03/07 15:29
- 管理番号
- 門司児童17
- 質問
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バナナのたたき売りについてですが、何といいながら売るのでしょうか?
また、なぜ門司港でたたき売りをしたのですか?
- 回答
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バナナの叩き売りの際には口上といい、客寄せの唄、バナナを売るための唄、買ってくれたお客さんへのお礼の唄など様々な種類の唄を歌います。
『新・門司港駅ものがたり』には「春よ3月 春雨に 弥生のお空に 桜散る 奥州仙台 伊達公が 何でバナちゃんに ほれなんだ バナちゃんの因縁
聞かそうか 生まれは台湾 台中の 阿里山麓の 片田舎 台湾娘に 見染められ ポーッと色気の さすうちに 国定忠治じゃ ないけれど 一房二房 もぎとられ 唐丸かごにと 詰められて 阿里山麓を 後にして ガタゴトお汽車に 揺すられて 着いた所が 基隆港 基隆港を 船出して 金波銀波の 波を越え 海原遠き 船の旅 艱難辛苦の 暁に ようやく着いたが 門司ミナト 門司は九州の 大都会 仲仕の声も 勇ましく エンヤラドッコイ かけ声で 問屋の室に 入れられて 夏は氷で冷やされて 冬は電気で うむされて 八〇何度の 高熱で 黄色くお色気 ついた頃 バナナ市場に 持ち出され 一房なんぼの たたき売り サアサア買った サア買った」といった口上で客寄せをすると記載されています。
その他の詳しい口上は『望郷子守歌 バナちゃん節のルーツを探る』や『これがほんとのバナちゃん節』に掲載されています。
門司港でバナナの叩き売りが始まったのは、バナナを台湾から輸送するおり、門司港が輸送の中継点となって大量に荷揚げされるようになったからです。バナナの輸送は技術的に難しく、また追熟加工の技術も未開発だったため、商品としてのバナナに良否ができました。当時は船舶の速度も遅く、冷却状態なども万全でなかったため輸送途中にバナナが青いまま柔らかくなってしまう俗にいう「籠熟れ」とよばれる下級品のバナナがでてしまいました。その下級品のバナナを早期に販売するために門司でバナナの叩き売りが始まったとされています。 門司では一時途絶えていましたが、地元有志によって保存会が結成されて、「バナちゃん節」の名調子が門司港レトロ地区などで公開されています。
- 回答プロセス
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学校の授業で門司港について調べている小学生より質問です。「バナナのたたき売り」「門司港」をキーワードに資料を検索し、郷土資料の棚を直接見て資料を集めました。
- 事前調査事項
- NDC
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- 社会.家庭生活の習俗 (384)
- 参考資料
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- 『門司港レトロ人物図鑑陶芸絵画からバナナの叩き売りまでまちの名人・達人大集合』 北九州市門司区役所 2001年 <A160/モ>
- 『門司港駅ものがたり』北九社研協門司社会科同好会 編 あきら書店 1985年 <K686/キ> (88~93頁)
- 『新・門司港駅ものがたり』北九社研協門司社会科同好会 編 あきら書店 1999年 <K686/モ> (118~123頁)
- 『望郷子守唄 バナちゃん節のルーツを探る』松永武 著 海鳥社 2005年 <K384/マ> (121~161頁)
- 『これがホントのバナちゃん節』北園忠治 著 葦書房 2001年 <K384/キ>
- 『太くて長うしてツンとした 北やんのバナちゃん節』北園忠治 著葦書房 1985年 <673/キ>
- 『バナちゃんの唄』朝倉喬司著 情報センター出版局 1983年 <K960/ア>
- キーワード
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- 門司港
- バナナのたたき売り
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 小中学生
- 登録番号
- 1000071604