レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2006年03月20日
- 登録日時
- 2007/12/04 02:10
- 更新日時
- 2014/08/06 00:30
- 管理番号
- 10-3A-200603-25
- 質問
-
解決
「大坂」が「大阪」になったのはなぜですか。
- 回答
-
簡便にまとめて説明している資料に、『大阪の歴史 6号』(大阪市史編纂所編 大阪市史料調査会 )の「みおつくし 大坂と大阪」があります。『大阪の歴史 56号』の口絵と解説も参考になります。これらの資料からは、次のようなことがわかります。
江戸時代には、「大坂」と書くことが普通でしたが、「大阪」と書くこともありました。
その理由についてよく引用されるのが、文化5年(1808)に刊行された『摂陽落穂集』で、坂は不吉な文字として忌み嫌う人もおり、阪をもちいる人もいたことが書かれています。もともと坂と阪は同字で、阪から坂の字が生まれたということもあり、1868年に大阪府が設置されてからも混用されていましたが、明治10年代には「大阪」が一般的になりました。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 近畿地方 (216 9版)
- 参考資料
-
- 『大阪府史 7巻』 (大阪府史編集専門委員会編集 大阪府 1989年 当館書誌ID 0070004804)
- 『大阪の歴史-史跡めぐり』( 岡本良一著 岩波書店 1989年 当館書誌ID 0070008258)
- 『大阪の大疑問』 (先崎仁編著 扶桑社 1998年 当館書誌ID 0000681079)
- 『大阪の歴史 6号』 (大阪市史編纂所編 大阪市史料調査会 1982年 当館書誌ID 5100000970)
- 『大阪の歴史 56号』 (大阪市史編纂所編 大阪市史料調査会 2000年 当館書誌ID 5100209736)
- キーワード
-
- 大阪
- 大坂
- 大阪府大阪市
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000039969