レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年10月09日
- 登録日時
- 2018/06/02 11:23
- 更新日時
- 2019/07/31 16:12
- 管理番号
- 島根郷2017-10-002
- 質問
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解決
『石見八重葎(いわみやえむぐら)』の著者である石田初右衛門について知りたい。
- 回答
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当館所蔵資料より、下記の資料を紹介し回答。
資料1:解説に「石田初右衛門」あり。
1757(宝暦7)-1826(文政9)。石見国那賀郡太田村(現・江津市)の生まれ。春律(はるのり)、江川堂澗水と号す。農事指導者、実学者。農業の傍ら桜谷たたら(製鉄)を経営した。庄屋の時に天明の大飢饉が起こり、難民救済のため開墾、甘藷栽培法を研究し村民を指導するなどした。篤学の人で、実地の見聞や体験に基づき独力で『石見八重葎』や『石見名所図会』など多数の著書を執筆した。井戸平左衛門、青木秀清とともに甘藷の三大恩人とされる。
資料2:p111-112「石田初右衛門 松川太田」の項目あり。
太田石田家は波積の名家石田家波積屋から分家した春武を祖とする。初右衛門はその5代目で、名を春葎といい、江川堂瀾水と号した。国書を好み、石見八重葎十一巻、石見名所図絵二巻、石見国大絵図一面などを書き著した。このうち石見八重葎はもっとも信頼すべき詳細な地理書として尊重されている。初右衛門は一方で庄屋をつとめ、山畑を開墾して甘藷の普及、栽培につとめ、あるいは猪やシカの被害予防を考案するなどして農家の生産をはかり、事業家としては桜谷の鈩(たたら)を経営して大いに民業を興すなど、殖産上の功も甚だ大きい。井戸正朋、青木秀清と並んで、当地方で芋の三恩人と称されている。(※漢字は原文ママ)
資料3:p1306-1309「石田春律と勧農」として、著作である農書『百姓稼穡元』の内容を紹介。
ほかにも猪鹿の被害防止策を考案、甘藷栽培法を研究して農民に指導、桜谷のたたら経営、八神村の三反田溜井の改修など、その活動は多方面にわたり、地方産業開発に寄与するところ極めて大であった、としている。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 中国地方 (217 8版)
- 日本 (291 8版)
- 参考資料
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【資料1】石見地方未刊資料刊行会 編 , 工通忠孝 , 石見地方未刊資料刊行会 , 工通忠孝. 角さ経石見八重葎. 石見地方未刊資料刊行会, 1999.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069465631-00 (当館請求記号 郷貸出291.7/ツ99) -
【資料2】七田眞 編 , 七田, 真. 江津人物伝. 江津市文化財研究会, 1973.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069340108-00 (当館請求記号 092.8/289 ※貸出禁止資料) -
【資料3】江津市誌編纂委員会 編 , 江津市誌編纂委員会. 江津市誌 上巻. 江津市, 1982.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069401610-00 (当館請求記号 092.96/102/1 ※貸出禁止資料)
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【資料1】石見地方未刊資料刊行会 編 , 工通忠孝 , 石見地方未刊資料刊行会 , 工通忠孝. 角さ経石見八重葎. 石見地方未刊資料刊行会, 1999.
- キーワード
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- 角さ経石見八重葎(つぬはさう いわみ やえむぐら)
- 石田春葎
- 石田初右衛門
- 島根県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000236866