レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/08/09
- 登録日時
- 2016/09/22 00:30
- 更新日時
- 2016/09/27 14:54
- 管理番号
- 6000028563
- 質問
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解決
江戸時代に北村季吟によって書かれた源氏物語の解説書である『湖月抄』を読んだところ、第47帖「総角」が「角総」、第49帖「宿木」が「寄生」と記されていた。現代では「総角(あげまき)」「宿木(やどりぎ)」と書いてあるものしか見たことがなかったので、「角総」「寄生」をそれぞれ「あげまき」「やどりぎ」と読む根拠を知りたい。
- 回答
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「総角(あげまき)」については、子どもの髪型やその年ごろの子どもを表す言葉として日本語にあった「あげまき」に、中国語の「総角」という漢字をあてて表記するようになったところ、催馬楽の奥書で「角総」と誤って記してしまったものがあり、催馬楽では「角総」と書くようになったことがうかがえた。これらのことが室町時代の源氏物語の解説書である『細流抄』に反映され、『細流抄』を反映した江戸時代の解説書である『湖月抄』においても、「あげまき」巻の巻名が催馬楽に由来することから催馬楽の「あげまき」、つまり「角総」の表記をとり入れたが、時代が下るにつれて、いずれも正しい表記である「総角」と表記することが一般的となっていったのではないかということも推測される。
「宿木(やどりぎ)」については、植物の名称として「やどりぎ」という言葉があり、その植物が他の樹木に寄生することから「寄生」と表記することがあり、『源氏物語』の「やどりぎ」巻においても「寄生」という漢字をあてたものもあるが、時代が下るにつれて、より読みやすい「宿木」の表記が一般的となっていったのではないかと推測される。
- 回答プロセス
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『新編日本古典文学全集 24 源氏物語 5』(小学館)P221、『源氏物語』の「総角」巻を確認したところ、「総角」に「あげまき」とふりがなが振られていた。また、P222にある巻名の解説では、「八の宮の一周忌法要の飾りによせて、薫が詠んだ歌、『あげまきに長き契りをむすびこめおなじ所によりもあはなむ』による。催馬楽『総角』によった歌である。」との記載があった。解説にある歌の箇所P224を確認すると、歌の解説として「『総角や とうとう 尋ばかりや とうとう 離りて寝たけれども まろびあひけり とうとう か寄りあひけり とうとう』(催馬楽・総角)」とあった。これらにより、「総角」という巻名が催馬楽に由来することがわかった。
利用者が読んだという『源氏物語湖月抄 下 増注』(講談社)を確認したところ、P409に「角総」とあり、「あげまき、神楽には、総角とかけり、童の心也。催馬楽には、角総と書り、是は糸にてむすぶをいへり。此巻の名は催馬楽を可用歟。」との記載があった。これによると、同じ「あげまき」でも、神楽では「総角」と書き、催馬楽では「角総」と書くことがわかった。この解説は『細流抄』に依るものとの記載があったので、『九曜文庫蔵源氏物語享受資料影印叢書 5 細流抄』(勉誠出版)P87を確認したところ、巻名は「あげまき」とひらがなで書かれおり、神楽では総角、催馬楽では角総と書く、との解説がされている箇所が確認できた。
神楽・催馬楽の「あげまき」について調べるため、『新編日本古典文学全集 42 神楽歌』(小学館)を確認したところ、P62に神楽の総角が掲載されており、「髪を上げて巻くのでいう。髪を中央から左右に分け、両耳の上で丸く巻いて、角を突き出したように結う髪型。『角子』ともあてる。転じて、髪を総角に結った少年や若者、またその年ごろをいう。」と解説があり、P159には催馬楽の角総が掲載されており、その解説には、P160「角総―天治本以下諸本も『角総』とするが、『総角』が正しい。」「古代の子どもの髪型。髪を頭の中央で左右に分け、耳の上に巻いて輪を作って角のように突き出させたもの。それを結った子どもをもいう。」との解説があった。
これを受けて催馬楽の“天治本”について調べたところ、国立博物館所蔵国宝・重要文化財のインターネット上のデータベース「e国宝」にて「天治本催馬楽抄」を確認することができ、「角総」と書かれている箇所が確認できた。
『鑑賞 日本古典文学 第4巻 歌謡 1』(角川書店)P343では、催馬楽の「あげまき」は「総角」の表記で掲載してあった。
『橘守部全集 第7巻』P183、催馬楽の「あげまき」は「総角」と表記されていた。
『日本国語大辞典 第1巻』(小学館)P238「あげまき」の項を見ると、漢字表記として「総角・揚巻」が記載されており、「中国の髪型『総角』がとり入れられたものか。」との記述があった。『日本国語大辞典 第8巻』P220には「そうかく(総角)」が掲載されており「幼児の結髪の一つ」などの解説があった。同様に「かくそう(角総)」も『日本国語大辞典 第3巻』にて調べてみたが、該当のP446には記載はなかった。
『源氏物語辞典』(平凡社)P11にて「あげまき」の項を確認するとこちらも漢字表記は「総角」と記されていた。
これらのことから、子どもの髪型やその年ごろの子どもを表す言葉として日本語にあった「あげまき」に、中国語の「総角」という漢字をあてて表記するようになったところ、催馬楽の奥書で「角総」と誤って記してしまったものがあり、催馬楽では「角総」と書くようになったことがうかがえた。これらのことが室町時代の源氏物語の解説書である『細流抄』に反映され、『細流抄』を反映した江戸時代の解説書である『湖月抄』においても、「あげまき」巻の巻名が催馬楽に由来することから催馬楽の「あげまき」、つまり「角総」の表記をとり入れたが、時代が下るにつれて、いずれも正しい表記である「総角」と表記することが一般的となっていったのではないかということも推測される。
同様に「宿木」についても、『新編日本古典文学全集 24 源氏物語 5』(小学館)P371、「宿木」巻を見ると、「宿木」に「やどりぎ」とふりがながふられていた。
『源氏物語湖月抄 下 増注』(講談社)P551では巻名として「寄生」と書かれており、「やどり木は歌にあり。詞には、みやま木にやどりたるつたの色とあり。やどり木は木のほやといふ物也。薬に桑寄生とてあり、桑の木に生ず。又楓の樹にも生ず。つたをやどり木といふは、木にかかれる物なれば、名をかりていへり。まことのやどり木にはあらざる也。」との記述があった。
『九曜文庫蔵源氏物語享受資料影印叢書 5 細流抄』(勉誠出版)P209では巻名を「やどり木」と書かれていることを確認した。
『和歌植物表現辞典』(東京堂出版)P349には「やどりぎ」の漢字表記として「宿木」と記載されており、解説として「源氏物語『宿木』の巻名で名高い『やどりぎ』は、別名『ほよ』という。」とあった。P298-299「ほよ」の項を見ると、「寄生」の漢字表記があり、植物としてのほよの解説に加えて「『ほよ』は『ほや』ともいい、平安期の古辞書類にも両様の名称が見える。常緑のつややかな株は冬枯れの落葉樹の梢(=木末)でひときわ目につき、神秘的な生命力、呪性を有する植物と見られたらしい。」とあった。
『日本国語大辞典 第13巻』(小学館)P159の「やどりぎ」の解説を見ると、漢字表記として「宿木・寄木・寄生木」との記述があった。
『湖月抄』に「薬に桑寄生とてあり」とあることから、『原色牧野和漢薬草大圖鑑』(北隆館)を調べると、P32に「ヤドリギ」の解説があり、漢字表記として「桑寄生」の記述があった。
植物としての「ヤドリギ」を調べるため、『原色牧野植物大圖鑑 離弁花・単子葉植物編』P486にて「ヤドリギ」の項を見ると、「日本各地、および朝鮮半島、中国に分布。(中略)落葉樹に寄生する常緑小低木。(中略)ほかの樹皮につくとそこで発芽し新株になる。和名寄生木、宿り木。」との解説があった。
『源氏物語絵巻54帖 下』P108には「源氏香図」の「宿木」巻の絵が掲載されており、「宿木と碁が図案化された香図。宿木は、ほかの樹木に寄生する木の総称だが、この巻の宿木は蔦とされる。」との解説があった。
これらのことから、植物の名称として「やどりぎ」という言葉があり、その植物が他の樹木に寄生することから「寄生」と表記することがあり、『源氏物語』の「やどりぎ」巻においても「寄生」という漢字をあてたものもあるが、時代が下るにつれて、より読みやすい「宿木」の表記が一般的となっていったのではないかと推測される。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 源氏物語湖月抄下北村 季吟/[著]講談社 (P409,P551)
- 九曜文庫蔵源氏物語享受資料影印叢書 5 細流抄 中野 幸一/編 勉誠出版 (P87,P209)
- 新編日本古典文学全集42小学館 (P62,P159,P371)
- 橘守部全集第7巻橘 守部/著東京美術 (P183)
- 源氏物語辞典北山 谿太/著平凡社 (P11)
- 源氏物語絵巻54帖下小嶋 菜温子/監修宝島社 (P98,P108)
- 和歌植物表現辞典平田 喜信/著東京堂出版 (P298-299,P349)
- 原色牧野和漢薬草大圖鑑三橋 博/旧版監修北隆館 (P32)
- 原色牧野植物大圖鑑離弁花・単子葉植物編牧野 富太郎/著北隆館 (P486)
- 国文註釈全書 [2] 河海抄 室松 岩雄/編輯 本居 豊穎[ほか]/校訂 国学院大学出版部 (P409,P418)
- キーワード
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- 源氏物語(ゲンジモノガタリ)
- 湖月抄(コゲツショウ)
- 総角(アゲマキ)
- 角総(アゲマキ)
- 宿木(ヤドリキ)
- 寄生(ヤドリキ)
- 細流抄(サイリュウショウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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『源氏物語』と催馬楽との関係について調べると、『源氏物語図典』(小学館)P138に「歌謡の中で、宴席の場で歌われるものとしては催馬楽が最も好まれたようで、『源氏物語』でも催馬楽の場面や引用が非常に多く、巻名となっているものもある。」とあり、「総角」についても解説があった。
『源氏物語』と催馬楽については『王朝びとの生活誌』(森話社)P197~にも「『源氏物語』と催馬楽」として記述があるほか、CiNiiで論文検索したところ関連する論文が多数ヒットした。
また利用者より、室町時代の注釈書『河海抄』も見たいとの希望があり、『国文註釈全書 2 河海抄』(国学院大学出版部 )を大阪府立図書館より取り寄せて確認したところ、P409において巻名「総角」、P418において巻名「宿木 寄生 ヤトリキ」 と記載されていた。
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 言葉
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000197246