レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年12月20日
- 登録日時
- 2018/12/20 17:33
- 更新日時
- 2018/12/20 17:53
- 管理番号
- 155
- 質問
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大正2年(1913)11月2日に起きた、左門殿川の渡し船が転覆して大阪合同紡績神崎工場に通勤する女工18人が溺死した出来事について、調べたい。
- 回答
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『神戸又新日報』大正2年11月3日6面と同月4日5面に記事が掲載され、事故の概要が報じられています。
なお、この記事には、女工が通う工場が大阪合同紡績の「尼ヶ崎分工場」と記されています。大阪合同紡績は、大正2年に神崎支店を設置し、大正3年にかけて神崎工場を開設しているので、工場が開設されて間もない事故当時は「尼崎分工場」と称していたものと考えられます。
この渡しは、現塩野義製薬杭瀬事業所(尼崎市杭瀬寺島2丁目)の付近から対岸の佃(大阪市西淀川区)に渡る船渡しで、大正~昭和戦前期の1万分の1地形図「尼崎東部」には「横渡」と記されています。
また、大阪市西淀川区佃の墓地(現大阪市設佃霊園、西淀川区佃3丁目19)に、溺死した女工の慰霊碑があります。
- 回答プロセス
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1 事故の様子を報じる新聞記事
◆『神戸又新日報』
大正2年11月3日6面記事「女工二十余名水死す」
大正2年11月4日5面記事「溺死紡績女工は十八名」
2 渡しについて記した地図等
◆1万分の1地形図「尼崎東部」大正12年、昭和9年
◆塩野義製薬社史『シオノギ百年』(1978)にも、渡しに言及する記述がある。
3 慰霊碑
◆大阪市西淀川区佃の墓地(現大阪市設佃霊園、西淀川区佃3丁目19)に所在
◆次のサイトに記事がある(2018年12月20日確認)
あおぞら財団付属西淀川・公害と環境資料館エコミューズのサイト
「女工さん遭難の碑(佃)」2006年9月20日投稿
http://www.aozora.or.jp/ecomuse/archives/765
- 事前調査事項
- NDC
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- 環境工学.公害 (519 10版)
- 参考資料
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- 『神戸又新日報』
- 1万分の1地形図「尼崎東部」大正12年、昭和9年
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シオノギ百年. 塩野義製薬株式会社, 1978.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I045338230-00 (当館請求記号 499.6/A/シ)
- キーワード
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- 大阪合同紡績
- 左門殿川
- 女工
- 溺死
- 渡し
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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Web版尼崎地域史事典"apedia" 項目「大阪合同紡績」
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000248868