レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2003年03月
- 登録日時
- 2005/12/09 08:26
- 更新日時
- 2006/02/03 15:17
- 管理番号
- 県立長野-03-019
- 質問
-
解決
丹波島橋のたもとの常夜灯について知りたい。
- 回答
-
『善光寺之碑文集』(小林済編・著 長野郷土史研究会1977)〔N181-86〕123~125pに“南から入る旅人は、善光寺の手前の丹波島宿を通りぬけて、犀川の渡しを越さねばならない。犀川の急流を舟で渡り、そして対岸の土を踏みしめた。そこにこの灯籠が立っていて道者を迎え入れたのである。
西側のものは文政六年(一八二三)であるから、東よりも三年おくれて造立された。東西共に基礎は土台石の上に三段重ねとなっていて、その四面に世話人と寄進者の氏名と住国が記されている。東側のものは地元の世話人を筆頭にして百人を越す人名で、その住所は周辺の町村から遠くは江州・甲州・江戸・京・尾州・常陸の国名を数えられる。西側の基礎には竿部の「施主連名」を受けて百名余の人名と住所を記すが、近在が大多数で遠くは越後にも及んでいる。又東灯籠に「町在旅人志」としてあることから、町と在(近在)と旅人からの寄進もこめられているかと思われ(中略)なお現在の位置に移されたのは、昭和四十二年十月である”とある。
『長野市の石造文化財』(郷土を知る会編 長野市教育委員会1978)〔N714-8-1〕149~151pには記銘文等が掲載されている。
- 回答プロセス
-
①長野市内に存在する常夜灯なので、長野市の歴史書である『長野市誌 第3巻 歴史編』(長野市誌編さん委員会編 長野市2001)〔N212-318-3〕を見るが、天保4年の常夜灯の寄進願いの記述しかない。
②郷土資料の雑誌記事をキーワード「常夜燈」で検索してみると、雑誌『長野』214号所収論文小林計一郎「善光寺常夜燈について」(2000年11月 長野郷土史研究会)という論文が検索され、この論文に『善光寺之碑文集』(前掲)という資料が紹介されており、回答に至る。
③善光寺に寄進された常夜燈であることから、郷土の[N181仏教・北信]の書架で善光寺関係の資料を検索すると、『善光寺史研究』(小林計一郎著 信濃毎日新聞社2000)〔N182-194〕729p“常夜燈”の項にも『善光寺之碑文集』(前掲)が紹介されている。
④文化財に関する資料にあるのではないかと思い、郷土の[N714石彫]の書架をみると、『長野市の石造文化財』(前掲)の“石灯籠”の項の“石灯籠一覧表”に質問の常夜燈があげられており、その注として記銘文が掲載されている。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 石彫 (714)
- 参考資料
- キーワード
-
- 常夜灯
- 丹波島
- 善光寺
- 長野県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 『なんでもきいてみよう』(県立長野図書館 平成15 第35集)収録レファレンス
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000025584