レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2016/10/28 15:19
- 更新日時
- 2016/11/16 16:14
- 管理番号
- 静岡郷土-25
- 質問
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未解決
「川端龍子肉筆 挿絵原画 広重東海道五拾三次之内『荒井』静岡新聞連載」と書かれたウェブサイトがありましたが、川端龍子が挿絵を描いた静岡新聞の連載『東海道五拾三次之内』が連載されたのはいつでしょうか。
- 回答
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当館蔵書のうち、
『わが画生活』(川端竜子/著 講談社 1951年)
『画室の解放』(川端竜子/著 中央美術社 1924年)
ほか、川端龍子の画集(解説部分)、挿絵に関する資料なども確認しましたが、該当する記述を見つけられませんでした。
上記の自伝『わが画生活』、『画室の解放』、画集の年表などから、川端龍子(明治18年-昭和41年)は日本画家として立つ前に挿絵を描いていたことが分かりました。
また、それらの記述からは、
明治39年 結婚
「ここではじめて何によってパンを獲ていくべきかの問題にぶつかった」
漫画雑誌社東京パック入社
明治40年 東京ハーピー入社
明治41年 国民新聞入社
大正2年 渡米後、国民新聞退社
大正8年 「愈々挿絵から足を洗ひ、本格の制作に頼って生活を樹ててゆくことに方針を定めた。」
となります。
一方、川端龍子が挿絵を描いていたと考えられる明治39年~大正8年には「静岡新聞」という名称の新聞は存在していません。
『静岡新聞四十年史』(静岡新聞社史編纂委員会/編 静岡新聞社 1981年)
に、「昭和16年 県下六紙を統合、静岡新聞社を創立」とあります。
当時、名称に静岡とつく新聞は、「静岡民友新聞」(明治25年~昭和16年)「静岡新報」(明治28年~昭和16年)「静岡タイムス」(大正6年~昭和16年)の3紙です。(「静岡大務新聞」は明治17年~25年)
「静岡民友新聞」と「静岡新報」は、この期間のマイクロフィルムなどを所蔵しておりますが、調査対象期間が長いために紙面調査は致しかねます。
なお、『静岡新聞四十年史』に「連載小説一覧」があり、挿絵画家も載っており、静岡新聞の連載小説の挿絵でないことは確認できました。
さらに、ウェブを検索しますと、「生誕120年川端龍子展」で「龍子が当初、生活の糧としていた雑誌の挿絵や双六、龍子が創設した青龍社時代の作品を中心とした 約130点を展覧します。」とありました。当館はじめ静岡県内公共図書館ではこの図録を所蔵しておりませんが、確認したところ、静岡県立美術館に所蔵がありました。静岡県立美術館で内容を確認させていただきましたが、挿絵は国民新聞のものなどが中心で、手掛かりになるような記述は見付けられませんでした。
あとは、大田区立龍子記念館(TEL・FAX:03-3772-0680)や静岡市東海道広重美術館(TEL:054-375-4454)などに問い合わせてみるという方法もあるかと思います。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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『人物レファレンス事典 明治・大正・昭和<戦前>編あ〜し』(日外アソシエーツ編集部/編 日外アソシエーツ 2000年)
『日本美術館』(小学館 1997年)
- NDC
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- 漫画.挿絵.児童画 (726 8版)
- 逐次刊行物 (050 8版)
- 参考資料
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川端 竜子/著 , 川端‖竜子. わが画生活. 講談社, 1951.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I015379083-00 -
川端竜子 著 , 川端, 竜子, 1885-1966. 画室の解放. 中央美術社, 1924.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000586211-00 -
静岡新聞社. 静岡新聞四十年史. 静岡新聞社, 1981.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001547864-00 , ISBN 4783890048
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川端 竜子/著 , 川端‖竜子. わが画生活. 講談社, 1951.
- キーワード
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- 川端, 竜子, 1885-1966
- イラストレーション
- 新聞
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000198832