レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2004年03月
- 登録日時
- 2005/12/08 13:21
- 更新日時
- 2006/02/05 10:17
- 管理番号
- 県立長野-04-011
- 質問
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解決
明治10年代の『信飛新聞』で小谷村の葛葉峠で「ウルル」が大発生するので襲われないように夜間通行したという記事をみた。
この「ウルル」とはなにか、当時の記事は見ることができるか
- 回答
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『信州百峠』(郷土出版社編・刊1995)〔N290/158a〕116pに“葛葉峠は牛泣かせ人泣かせの峠だった。夏場の峠付近は吸血蝿であるウルルが大発生する所だった。牛にも牛方にも肌の露出している部分には所嫌わず喰いついて血を吸う蝿であり、かゆいというより痛いという表現があてはまる蝿の襲撃で困難した。そのため葛葉峠越は蝿の出ない早朝か夜中にしてよい定めとなっていた”とある。
なお『信飛新聞』は明治9年で廃刊しており、その後『松本新聞』が号数を継いだが明治14年で廃刊した。
- 回答プロセス
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① 『信飛新聞』(有賀義人編 復刊信飛新聞刊行会1970)〔N073/1〕14pには、明治9年11月15日の『松本新聞』第1号に、
『信飛新聞』は8月31日第169号で休業し、『松本新聞』が『信飛新聞』の号を継ぎ、『松本新聞』第170号発行を始めたとあるため、
明治10年以降の『信飛新聞』は存在しないことがわかる。
② 『小谷村誌』(小谷村誌編纂委員会編 小谷村誌刊行委員会1993)〔N231/46〕をみるが記述なし。
③ 葛葉峠は千国街道にある峠なので、街道の歴史をみていく。『塩の道・千国街道』(田中欣一著 銀河書房1982)〔N682/54〕278~279p、『塩の道(千国街道)に歴史をひろう』(大日方健著 ほおずき書籍1994)〔N682/87〕74~76pなどに「ウルル」についての記述がある。
④ 郷土資料の[N290地誌]の書架をみる。『信州百峠』(前掲)をみていくと答の記述あり。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- ウルル
- 吸血蝿
- 長野県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 『なんでもきいてみよう』(県立長野図書館 平成16 第36集)収録レファレンス
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000025511