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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000252940
提供館
(Library)
愛媛県立図書館 (2110043)管理番号
(Control number)
2018-55
事例作成日
(Creation date)
2019年3月8日登録日時
(Registration date)
2019年03月13日 12時00分更新日時
(Last update)
2019年07月25日 12時22分
質問
(Question)
幕末時代の海上交通について。松山(三津浜)から讃岐へ海路を移動した場合、所要時間(日数)、航路、またどのような船か。他に金毘羅参詣のための船はなかったか知りたい。
回答
(Answer)
【資料1】p13“金毘羅参りの旅”
以下の資料の紹介がある。
A 文久2年(1862)吉田藩の町医者、岡太仲の参拝記「讃州金毘羅宮御参詣」の日程とコ-ス等の略記。帰路は一部船を利用している
B 文久3年(1863)喜多郡菅田村(大洲市)の庄屋有友氏の金毘羅参詣の道中日記の日程
C 文化9年(1812)浮穴郡中田渡村(小田町、現久万高原町)の菅原氏(出発日・帰着日のみ)
D 文化11年(1814)伊予郡上野村(伊予市)の玉井氏(出発日・帰着日のみ)
E 寛政7年(1795)讃岐街道を利用した小林一茶の足跡
F 元治元年(1864)松山藩士内藤鳴雪が讃岐道を旅した『鳴雪自叙伝』 

【資料2】【資料1】のAに紹介されている「岡太仲旅中手控」の翻刻版。p106-126“讃州金毘羅街道”

【資料3】上記の【資料1】CDで紹介されている浮穴郡中田渡村菅原某と玉井三右衛門忠友の『讃岐道中記』は下記URLで閲覧可能。
http://i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/63/view/7909?keyword=%E6%B5%AE%E7%A9%B4%E9%83%A1%E4%B8%AD%E7%94%B0%E6%B8%A1%E6%9D%91+%E8%8F%85%E5%8E%

【資料4】【資料1】のFで紹介されている松山藩士内藤鳴雪の記録である。下記URLで確認できる。
http://i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/45/view/5834?keyword=%E9%87%91%E6%AF%94%E7%BE%85%E8%A9%A3
また、『鳴雪自叙伝』復刻版も所蔵しており、貸出可。

【資料5】p1-9 金毘羅参詣の道(川之江→琴平)安岡芳朗著。 貸出不可。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
海運  (683)
神社.神職  (175)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『讃岐街道』 (愛媛県歴史の道調査報告書 第3集 愛媛県教育委員会 1996 <当館請求記号:K290-108-3>
【資料2】『伊予吉田旧記 第1輯 岡太仲旅中手控』 (吉田郷土史料研究会/企画・編集 佐川印刷 1982 <当館請求記号:K290-108-3>
【資料3】『愛媛県史 近世 下』 1987 <当館請求記号:K200-31>
【資料4】『愛媛県史 社会経済3 商工』 1986 <当館請求記号:K200-31>
【資料5】『文化時報 通巻第283号(平成8年陽春号)』 川之江文化協会 <当館請求記号:K211-3>
キーワード
(Keywords)
海上交通
金毘羅参詣
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
書誌的事項調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000252940解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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