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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000213559
提供館
(Library)
横浜市中央図書館 (2210008)管理番号
(Control number)
横浜市中央2481
事例作成日
(Creation date)
2015年07月16日登録日時
(Registration date)
2017年03月30日 14時17分更新日時
(Last update)
2017年03月31日 13時10分
質問
(Question)
横浜市南区にある、横浜橋通商店街(よこはまばしどおりしょうてんがい)はいつ頃できたのか知りたい。
また、商店街ができた頃の様子がわかる資料が見たい。
回答
(Answer)
1 商店街の設立時期について

(1)『十年のあゆみ』 横浜市商店街恊同組合連合会/編 横浜市商店街恊同組合連合会 1962 
  〔p.41〕 
  商店街の設立について、下記のとおり記載があります。
 「大正13年以前は平凡な点在商店街であったが、大正14年相互会を組織して木柱街灯を設置した是れが商店街の基盤となった。
  昭和14年2月25日横浜市産業課の指導により横浜橋通商業組合を組織した。
  昭和19年4月17日同組合を解散す。
  昭和22年終戦后商店街を再興のため横浜橋通発展会を設立し昭和23年5月横浜橋通商店街と改称した。
  昭和26年11月28日横浜橋通商店街協同組合を創立し横浜橋通商店街を法人格とみなし現在に至る。」

  今回の調査では、昭和26年11月28日に横浜橋通商店街が設立されたものとして考え、資料を紹介します。

2 商店街ができた頃の様子について記述のある資料

(1)『十年のあゆみ』 横浜市商店街恊同組合連合会/編 横浜市商店街恊同組合連合会 1962
  p.55~57
  発行当時(昭和37年)の横浜市商店街協同組合連合会に加盟する、横浜橋通商店街の組合員名簿(加盟店舗一覧)が掲載されています。

(2)『南区の歴史』南区の歴史発刊実行委員会 1976 
  p.226
 「終戦と南区」の中で、「接収は関内地区を中心としていたが、伊勢佐木町でも野沢屋、松屋、不二家、オデオン座等の建物から、福富町一帯を接収されたので、戦後の商店街はいきおい、野毛方面および伊勢佐木町5~7丁目方面におしやられた恰好になった。そうしてこれと交叉して初音町・横浜橋通りに商店街が発達し、ドンドン商店街、中村橋商店街なども日常用品の販売を主として発達した。」と記載があります。

(3)『横濱南区昭和むかし話 南区制60周年記念』横浜市南区役所・区制60周年記念事業実行委員会/編 横浜市南区役所総務部総務課 2003 
  p.42 
  昭和22年ごろから商店街界隈に住んでいた人が個人の体験として語る形で掲載されています。
  また、昭和30年ごろの商店街の写真が1枚掲載されています。

(4)『横濱 YOKOHAMA 2013年秋号 特集:ふだん着商店街を歩こう』 神奈川新聞社 2013
  p.12
  小嶋寛氏による、大正・昭和初期から続く店に関する記述、過去に「よこはまばしで映画を見た」経験について記載されています。

(5)『南区社会科資料集』横浜市南区社会科研究会/著 横浜市南区社会科研究会 1957 
  p.117
  横浜橋通商店街について記載があり、「戦前は山田町永楽町富士見町の方が盛んであったが、米軍の接収により日本側の各機関商店街は撤退した。戦後有志等の力により、諸枚利を借り露店街マーケット街を建設したのが今日に及ぶ」と記載があります。
  ※横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」で閲覧可能です。
   https://www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=2773

(6)『ケーススタディ この商店街に学べ! 全国30商店街の活性化策』 坂本光司研究室/編著 同友館 2009 
  p.148
 「商店街の歴史は古く、戦前から生活用品を提供するとともに、横浜の港で働く職人たちは一杯飲みにくる街としても栄え、昭和26年(1951年)に法人化された」「しかし横浜橋通商店街は、設立以降常に安定して発展してきたわけではない。街並が変わりはじめた昭和30年代には客数が減り、危機的な状況に陥ったという。その際、現在、商店街の中心メンバーとなっている商店主の親の世代が、配達時に自転車の荷台に横浜橋通商店街の旗をくくり付けて走り、認知度を地道に高めた結果が現在になるのである」との記載があります。
  また、「当時の商店街の様子」として、写真が1枚掲載されています。

3 商店街ができた頃の写真

(1)『昭和の横浜 写真集』横浜市史資料室/編 横浜市史資料室 2009 
  p.318
 「1950年代後半か」として、横浜橋通商店街の写真が1枚掲載されています。

(2)『横浜ノスタルジア 昭和30年頃の街角』広瀬始親/〔撮影〕横浜開港資料館/編 河出書房新社 2011 
  p.56、p.58、p.62~64 
 昭和30年(1955年)前後の横浜橋通商店街の写真が掲載されています。(計6枚)

(3)『懐かしき瞬間(とき) 戦後の昭和(1949-1959)にみる日本の原風景 三橋松太郎写真集』 三橋松太郎/著 文芸社 2007 (ページ付なし)
 1954年に撮影された、横浜橋通商店街の写真が掲載されています。(43番~49番の写真。計7枚)

(4)「1950年代横浜の子どもは今 開港資料館で広瀬始親写真展」朝日新聞 2011年9月22日 朝刊 p.28(神奈川) 
  2011年7月~10月に横浜開港資料館にて開催された「広瀬始親写真展 横浜ノスタルジア・特別篇?昭和30年頃の街角」を報じて  いる記事です。
  その記事に、広瀬始親氏が撮影した、1954年12月31日の横浜橋通商店街の写真が掲載されています。(1枚)

(5)『ドラッグストア誕生物語 薬局からドラッグストアへ、新業態へ賭けた男の挑戦』石田健二/著 ニュー・フォーマット研究所  2010 
  p.18
  横浜橋通商店街で創業し、静岡県・神奈川県を地盤としたドラッグストア(ハックドラッグ)の前身の1つでもあるイシダ薬局の「ピヨピヨセールの店頭看板」(1964年、昭和39年)の写真が掲載されています。(1枚)

(6)「横浜橋通商店街」(昭和30年(1955年)頃撮影、横浜市南図書館所蔵)(写真1枚)
  ※横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」で閲覧可能です。
   https://www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=21837

4 商店街ができた頃の地図

(1)『南区明細地図 昭和32年度版』経済地図社/編 経済地図社 1957 
  p.8
  発行当時(1957年)に出店していた横浜橋通商店街の商店名がわかります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
商業史.事情  (672 8版)
関東地方  (213 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000213559解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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