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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000225563
提供館
(Library)
栃木県立図書館 (2110002)管理番号
(Control number)
tr507
事例作成日
(Creation date)
2017年11月01日登録日時
(Registration date)
2017年11月28日 16時25分更新日時
(Last update)
2017年12月23日 12時41分
質問
(Question)
栃木県下都賀郡谷中村の農民が北海道サロマベツ原野に集団移住したことについて、開拓の歴史および現在の様子が知りたい。
回答
(Answer)
開拓の歴史および現在の様子について記載がある資料をご紹介します。
佐呂間町の現況に関する記載がある資料には、【現況あり】と付記しました。
(いずれも資料発行時の現況となりますので、ご注意ください。)
なお、移住の背景の詳細については、今回の調査では、見解異なる複数の考察を確認しました。

1 県史・地域史等
栃木県史の他、移住先である北海道佐呂間町の地域資料からも歴史に関する記述を読むことができます。
・『栃木県史 通史編6(近現代1)』(栃木県史編さん委員会/編 栃木県 1982)【現況あり】
「第六章 日露戦争前後の政治・社会 第三節 日露戦争後の栃木県 五 谷中村廃村」に次の項があります。
p.509-511「北海道移住とサロマベツ」
p.511-513「移住民の出発」
p.513-516「サロマベツ原野開拓とその後」
 1978年の船田知事訪問時の地区の状況について、記述があります。

・『佐呂間町史』(佐呂間町史編纂委員会/編 佐呂間町役場 1966)【現況あり】
「第三章 佐呂間町の沿革」に「五、栃木部落」の項があります。(p.157-163)
移住者第一世の生存者、後継者に関する記述があります。

・『栃木のあゆみ 栃木開基開校70周年記念』(栃木部落史編集委員会/編 栃木開基開校七十周年記念協賛会 1982)【現況あり】
佐呂間町栃木部落(集落)の開基開校70周年にあわせて刊行され、入植から70年の地域史がまとめられています。
最終章である「七、豊かな栃木を目指して」中では、「7、栃木部落70年のあゆみと現状」の項を設けています。(p.349-359)


2 栃木県民の北海道移住に関する資料
足尾鉱毒事件関連資料を中心にお調べしたところ、記載のある資料を複数確認しました。移住の背景については、複数の考察を確認しました。
・『谷中から来た人たち 足尾鉱毒移民と田中正造』(小池喜孝/著 新人物往来社 1972)【現況あり】
p.152-165「サロマベツ原野開拓移民」の項があります。

・久野俊彦/著「足尾鉱毒被害民の北海道移住」(『北海道を探る24 日本民俗学と北海道』p.214-242 北海道みんぞく文化研究会 1992)
栃木県史記載内容の不足を指摘し、小池喜孝/著『谷中から来た人たち』を支持しながら、補足を試みる論考です。
序文に、「小池氏の論考から、北海道移住の経過を整理し、「田中正造日記」「下野新聞」等をもとに北海道移住の端緒・勧誘の実態・現地調査・移住民の移送の様相と本質について述べてみたい」とあります。
記事中には『栃木県史』『栃木県の百年』等、多数の関連資料を取り上げています。

・松浦茂樹/著「明治43年大水害と北海道移住 足尾鉱毒問題との関連を中心に」(『水利科学 No.336』p.134-168 森林科学研究所 2014)
小池喜孝/著『谷中から来た人たち』等、栃木集落に移住してきた人々を足尾鉱毒の被害者とし、その移住を足尾鉱毒事件の一環としてとらえる論考に対し、「栃木県下都賀郡からの移住者が、果たして鉱毒に追われてきたといってよいだろうか、考えていきたい。」(序文)というスタンスで、足尾鉱毒問題と北海道移住を再考察する論考です。
なお、著者の当該記事等にさらに検討を加え、整理したものとして『足尾鉱毒事件と渡良瀬川』(松浦茂樹/著 新公論社 2015)が出版されています。

・『谷中村村長茂呂近助 末裔たちの足尾鉱毒事件』(谷中村と茂呂近助を語る会/編 随想舎 2001)【現況あり】
p.229-271「第五章 出会い―佐呂間から明日へ」の項があります。佐呂間町栃木地区の訪問記が記載されています。

・『とちぎ20世紀 下巻』(下野新聞「とちぎ20世紀」取材班/編 下野新聞社 2001)【現況あり】
p.188-193「谷中村民の佐呂間移住 1911」の項があります。移住者の子孫へ取材を行っています。

・『渡良瀬遊水地谷中メモリアル100 谷中村廃村100年 -これからの渡良瀬遊水地』 (渡良瀬遊水地谷中メモリアル100実行委員会/編 藤岡町 2006)
「4 人々の想い」の章に、「旧谷中村民等の想い(聞き取り調査より)」の項があり、「移転先での生活[北海道]」に3名のコメントが掲載されています。(p.59-60)

・『鉱毒に消えた谷中村 田中正造と足尾鉱毒事件の一〇〇年』(塙和也/編,毎日新聞社宇都宮支局/編 随想舎 2008)【現況あり】
p.18-21 「鉱毒に追われて 北の「栃木」に生きる 苦難乗り越え「歴史」伝える」に、谷中村から北海道に移住した方や子孫などへのインタビューが掲載されています。

・『田中正造と足尾鉱毒事件研究 2』(渡良瀬川研究会/編 伝統と現代社 1979)【現況あり】
p.71-76 三柴利平/著「追跡 谷中村村民」の記事に、「北海道栃木部落」「北寒の栃木部落」「開拓と伊勢音頭」の見出しがあります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
<サロマベツ原野移住の経緯について>
栃木県上都賀郡足尾銅山の採鉱精錬による鉱毒により汚染された渡良瀬川は、洪水のたびに鉱毒の汚水が氾濫し、魚類や農作物にいちじるしい被害を及ぼしていた。(のちに足尾鉱毒事件と呼ばれる)
田中正造の10数年にわたる抗議の結果、谷中村に土地収用法が発動され、強制買収更に強制立退きが執行された。栃木県庁は救済対策として、谷中村を立ち退いた一部の農民と鉱毒水害を蒙った人達から希望者を募って、北海道移民を斡旋した。それにより、瀬下六右衛門を団長とする66戸、240余名は、北海道鐺沸村サロマベツ原野に集団移住することが決定した。(参考:『佐呂間町史』)
NDC
環境工学.公害  (519)
北海道地方  (211)
関東地方  (213)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
足尾鉱毒事件
谷中村
栃木県
サロマベツ原野
北海道
北海道移住
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000225563解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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