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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000195203
提供館
(Library)
さいたま市立中央図書館 (2210012)管理番号
(Control number)
中央ー1-001021
事例作成日
(Creation date)
2016年06月16日登録日時
(Registration date)
2016年07月26日 11時24分更新日時
(Last update)
2016年09月12日 15時05分
質問
(Question)
『論語』貝塚茂樹/訳注 中央公論社 1973年 p325~「顔淵篇」の一節について、注釈者の貝塚氏が、<この時代には、「正の命題が正しかったとしても、逆は必ずしも真ではない」という論理学の初歩が、よくわかっていなかった。>と説明しているが、当時の中国では「逆」についての「論理学の初歩が、よくわかっていなかった」のかどうか、異論・異説、その後の研究の進展等を知りたい。
また、この背景として古代中国の論理学の水準を知ることのできる文献を知りたい。
回答
(Answer)
残念ながら、質問の内容について、はっきりと記載されている資料は見つからなかった。

以下の資料に、『論語』「顔淵篇」の質問の一節について記載があったので、参考までに紹介した。

(1)『古代中國思想の研究』渡邊卓/著 創文社 1973年
第一部 第二編 第三章 個個の弟子説話
 p189~ 司馬牛についての記載の中に、質問の「顔淵篇」でのやりとりが出てくる。
〝その問いは例えば「司馬牛問仁。子曰、仁者其言也訒。曰、其言也訒、斯謂之仁矣乎」に見るように唐突に逆も眞かとただす様式である。師の答にしばられ、一を聞いて、また一の逆を問い返す單純かつ偏執的傾向であるが、孔子の答は直接に司馬牛の盲點をつかず、「爲之難、言之得無訒乎」というように自然にその偏執を解きほごす方向にむかっている。″
等の記述あり。

また、以下の資料に当時の中国の論理学の水準についての記述あり。

(2)『公孫竜子』公孫竜子/原著 天野鎮雄/訳注 明徳出版社 1984年
p9~p42 一 中国古代の論理
p9に“中国の古代思想をささえている論理は、西洋の論理学の立場から言えば、論理と言えないのが多い状態である。仮に『論語』を例にしても、その中にある文章は、不合理であり、普遍性のないものであり、真理となることができないものがあるのを見いだすであろう。”との記述あり。他にも、中国古代人の思考方法等について記述がある。

(3)『古代中国の言語哲学』 浅野裕一/著 岩波書店 2003年
諸子百家の倫理学が紹介されており、当時の論理学的な思考が詳しく解説されている。

(4)『中国人の論理学』加地伸行/著 筑摩書房 2013年
p53~116 第二章 古代中国人の論理学意識
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
中国思想.中国哲学  (122)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000195203解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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