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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000106157
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-043
事例作成日
(Creation date)
2012年02月12日登録日時
(Registration date)
2012年05月17日 14時02分更新日時
(Last update)
2012年07月27日 14時22分
質問
(Question)
権田直助について書かれた資料の中に以下の文献が掲載されていないか調べてほしい。
①論文名「権田直助と明治維新前後の國学について」
②著者 権田一郎
③出典「市村咸人全集 5 松尾多勢子」(下伊那教育会 1980)134p
   「松尾多勢子」(市村咸人著 山村書院 1940)
回答
(Answer)
所蔵資料を調査した結果、著者の権田一郎氏について書かれた資料はあったが、氏の書いた質問の文献については確認できなかった。調査経過は、以下のとおり。

権田一郎氏について書かれた資料
以下の2冊に権田一郎氏に関する記述があり。
『権田直助 草莽の志士(毛呂山町史料集 5)』(毛呂山町文化財保護審議委員会編 毛呂山町教育委員会 1995)
p108-109「権田直助の伝記・研究書・関連論文等」あり。該当する論文・著作なし。
p113〈権田直助略系図〉の項あり。直助の3代後に「一郎」の名あり。昭和51年11月16日没(76)。
『江戸国学転生史の研究』(藤井貞文著 吉川弘文館 1987)
p264「權田翁の子孫は、二流が今日に伝って翁の祭祀を守っている。勝亦悟子夫人は、曾孫一郎氏の娘である。或る時、横浜で話をした時、一郎氏から名刺を戴いた。」とあり、続けて権田直助の系図に一郎(東大農卒)とあり。

権田直助関係資料
いずれの資料も権田直助に関する記述のみで、質問の文献に関する記述なし。
図書
『徳育資料 2 権田直助翁詳伝(埼玉県立図書館復刻叢書3)』(埼玉県教育会編 埼玉県立浦和図書館 1980)
『国学大系 20 権田直助集』(神崎四郎編 国民社創立事務所 1944)
『権田直助先生伝』(〔毛呂山町教育委員会〕 1975)
『権田直助伝』(〔毛呂山町教育委員会〕 1964)
『惟神道の躬行者権田直助翁』(神崎四郎著 阿夫利神社社務所 1937)
p203「名越舎門人帳」に「元治元年十月朔 紹介者宮西諸助 信濃国伊奈郡伊野 原保固 後坂木下枝」あり。
p 62「倒幕の実際運動」の章に、松尾多勢子に関する記述あり。

雑誌
渡辺刀水著「権田直助翁の逸事」(『埼玉史談 第3巻3号』1932.1)
岸伝平著「権田直助」(『埼玉史談 8巻1号』1961.3)
内野勝裕著「権田直助生誕二〇〇年」(『埼玉史談 56巻4号』2010.1)
小川喜内著「権田直助と安藤文沢」(『埼玉史談 26巻1号』1979.4)
小川喜内著「権田直助と親交のあった斉藤実平(上・下)」(『埼玉史談 29巻1号/2号』1982.4)
小川喜内著「権田直助と安藤文沢」(『あゆみ 第6号』毛呂山郷土史研究会 1980.4)
田中宗作著「権田直助と『伊勢物語』」(『日本大学世田谷教養部紀要 5』 1956)
安藤良平著「国事鞅掌者の映像(2)-含権田直助・藤川三渓著書目録」(『跡見学園女子大学紀要』15 1982)
桜沢一昭著「覚書・権田直助伝(6・7)」(『東国民衆史 第9号/第10号』東国民衆史研究会 武蔵書房 1983.8)
桜沢一昭著「ある草莽の建白-権田直助小伝」(『歴史手帖12巻3号』 名著出版 1984.3)
小川喜内著「権田直助と親交のあった斎藤実平」(『あゆみ 第8号』p20-28 毛呂山郷土史研究会 1982.4) 

松尾多勢子関係資料
『松尾多勢子 伝記・松尾多勢子(伝記叢書 59)』(市村咸人著 大空社 1989)山村書院昭和15年刊の複製。原遊齋に関する文章中に出典に該当する記述を確認。
p147「多勢子遊齋に向ひて中津川に赴き之を介抱せんことを依頼す。遊齋大に困却して、医師にあらざるを告白に及べりとも(權田一郎氏「權田直助と明治維新前後の國學に就いて」)」とあり。

図書
『たをやめ(手弱女)と明治維新 松尾多勢子の反伝記的生涯』(アン・ウォルソール著 菅原和子訳 ぺりかん社 2005)
巻末索引〈権田直助〉から本文を確認するが、質問に繋がる記述なし。注(引用文献も兼ねている)を確認するが記述なし。

雑誌
「松尾多勢子(志士まさりの女たち)」(『歴史読本 56(6)』p152-155 新人物往来社 2011.6)
p155(文久2年)「3月、多勢子は迎えに来た息子たちに伴われ、ひそかに故郷の伴野村に帰る。その後、伊那地方で勤王派支援者として活躍、松尾家は志士の結集場所になる。」

他機関への照会
毛呂山町歴史民俗資料館に問合せたが、所蔵資料に該当の文献はないとの回答を得る。
回答プロセス
(Answering process)
その他調査済み資料は以下のとおり。 
いずれの資料も権田直助に関する記述はあるが、質問の文献に関する記述なし。
『明治・大正・昭和前期雑誌記事索引集成 人文科学編 別巻2-6 執筆者索引』(石山洋〔ほか〕編 皓星社 1999)
『神道論文総目録』(国学院大学日本文化研究所編 第一書房 1987)
『続神道論文総目録』(国学院大学日本文化研究所編 第一書房 1989)
『新毛呂山町史』(毛呂山町歴史民俗資料館編 毛呂山町 2010)
『埼玉県史 6 江戸時代後期』(埼玉県編 埼玉県 1937)
『毛呂山町史』(毛呂山町史編さん委員会編 毛呂山町 1978)
『埼玉大百科事典 2』(埼玉新聞社 1974)
『明治維新人名辞典』(日本歴史学会編 吉川弘文館 1981)
『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 埼玉県 1998)
『埼玉県人物誌 上』(埼玉県立文化会館編 埼玉県立文化会館 1963)
『幕末維新埼玉人物列伝』(小高旭之著 さきたま出版会 2008)
『浅田宗伯:現代に蘇る漢方医学界の巨星』(油井富雄著 医療タイムス社 2010)
『明治維新と国学者』(阪本是丸著 大明堂 1993)
『皇典講究所草創期の人びと』(国学院大学 1982)
『相模大山街道』(大山阿夫利神社編 大山阿夫利神社 1987)
『埼玉研究 3』(国書刊行会 1982)
佐藤久夫著「埼玉県に平田国学門人の滲透」(『埼玉研究 第15号』p133-134 埼玉県地域研究会 1968)
岩田みゆき著「志士と豪農-そのコミュニケーション活動-」(『埼玉地方史 第13号』p1-18 埼玉県地方史研究会 1982.7) 
岩田みゆき著「幕末における一草莽の軌跡-野城広助の日記」(『東国民衆史 第10号』p33-60 東国民衆史研究会 武蔵書房 1984.3) 
 
未調査資料
以下に収録されている資料のうち、県立図書館で未所蔵のため内容を確認できなかった資料。
『神道論文総目録』(国学院大学日本文化研究所編 第一書房 1987)
p126「權田直助大人著書解題」(国学院雑誌43-6 昭和12-6)「明治初期の国学界に於ける権田直助翁」(国学院雑誌 昭和12-6)
『神道人物研究文献目録』(國學院大學日本文化研究所編 弘文堂 2000)
p283-284に研究書の記載あり。
研究書
 権田直助「はたとせのたむけ」
 神崎一作「明治以後に於ける神道史の諸相」
 神崎四郎「名越舎翁著者解題略」
事前調査事項
(Preliminary research)
①《NDL-OPAC》《NDLサーチ》《CiNii》等で検索したが、該当せず。
②下伊那教育会館内の市村咸人文庫の蔵書目録を調査したが、該当の書名なし。
NDC
個人伝記  (289 9版)
日本の雑誌  (051 9版)
稀書目録.善本目録  (026 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
権田 直助(ゴンダ ナオスケ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000106157解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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