レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20050311
- 登録日時
- 2005/12/01 02:12
- 更新日時
- 2005/12/01 15:56
- 管理番号
- D2005M0217-2
- 質問
-
未解決
京都の塗師 遠坂宙兵衛 についてデータ・出自・文献を知りたい。代々この名前をついでいる。『茶家酔古襍』 に名前があったが、記述はなにもなかった。箱書きの現物に名前があった。
- 回答
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典拠とされる当館所蔵の文献1を調査したところ、遠阪宙兵衛ではなく遠阪宇兵衛と記載されておりました。遠阪宇兵衛について、各種人名辞典、漆工、茶器に関する文献等を調査したところ、文献2~4に遠阪宇兵衛に関する記述がありましたが、出自に言及したものは見当たりませんでした。
1 『茶家酔古襍』 5輯 湖月編 加陽 松浦善助[ほか] 天保12-嘉永元 (119-44)
2 『日本人物情報大系』 第87巻(諸芸・諸職編. 7) 芳賀登〔ほか〕編 皓星社 2001 (GB12-G22)
p.589古今漆工通覧の中に「宗仙(年代詳カナラス)遠阪宇兵衛ト呼ヒ宗仙ト號幼名ヲ半四郎ト云フ京師ニ住シ漆工ヲ業トシ専ラ薮内宗匠家ノ塗リ物ヲ用達ス茶器ヲ多ク製スト云フ書院物ヲ製スル時ハ銘ヲ半四郎ト書キ茶器ニ限リテ宗仙ト銘セシト云フ当時名工トシテ世ニ賞セラルト云フ」と記載あり。p.645蒔絵師伝塗師伝の中には「遠阪宇兵衛 傅詳ならず。」と記載されている。
3 『漆芸事典』 光芸出版編刊 2004 (KB2-H7)
人名索引・略歴p(10)遠阪宗仙(とおさかそうせん)の項に「通称宇兵衛。名高い京師漆工で書院物は高橋半四郎、茶器は宗仙銘をブランド扱いされたという。薮内流宗匠家に専ら出入りと伝えるが年代不詳。」と記述がある。
4 『茶の漆芸棗』 池田巌編著 京都 淡交社
p.59に「(前略)薮内流の塗師遠阪宇兵衛、松尾流の堅地清兵衛があり、特異な存在として佐野長寛が、茶の湯に深くかかわった塗師としてあげられる。」と記述されている。p.69に遠阪宇兵衛作、栗棗の写真を収載。p.144に上記収載の棗について「栗棗 遠阪宇兵衛作 竹心好 江戸時代 高さ7.5cm 径7.5cm 滴翠美術館蔵。遠阪宇兵衛は江戸時代後期の塗師だが伝承は知れず、『茶家酔古襍』に「遠阪宇兵衛ト称ス薮内定塗師」とみえるのみ。この栗棗は薮内流五世竹心紹智(1678-1745)の好んだもので大小七個の栗を金銀高蒔絵で描いている。栗棗は八世竹猗、十世休々斎、十一世透月斎によって再好みされている。薮内流では女郎花棗(図版120)、斑竹中次とともに代表的な好み棗である。」との解説がある。
( )内は当館請求記号
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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自館所蔵の工芸・漆等や民俗学の本を見たが記載無し
- NDC
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- 漆工芸 (752 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 人物
- 塗師
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 公共図書館
- 登録番号
- 1000025161