レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016年09月16日
- 登録日時
- 2016/12/16 15:37
- 更新日時
- 2018/04/02 12:42
- 管理番号
- 2016-065
- 質問
-
解決
元同志社大学文学部教授の中條毅氏の随筆・自伝などがあるか知りたい。
- 回答
-
回答プロセスの資料をご紹介します。
- 回答プロセス
-
本学OPAC等の他、本学刊行物の目次・索引等を調査した。
・「産業関係学を省みて-その歴史とパラダイムを求めて-」『評論・社会科学』42号 1991年
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/2067/?lang=0&mode=0&opkey=R147399745903468&idx=1 [参照 2016-12-16]
p.51-74 第一章 産業関係学専攻のこと
→中條氏自身のこと、同志社大学のことが書かれている。
(同志社大学学術リポジトリの著者名検索による)
・「国破れて母校あり 同志社戦没学生に捧ぐ」『同志社大学広報』No.126 1979年9月30日 p.6-7
(『同志社談叢』第5号「同志社に関する文献目録」による)
・「日本の女性は強くなったのか」『びぶりおてか』No.27 1980年4月1日 p.2
(『びぶりおてか』総目次で検索)
・『同志社時報』の以下の号に寄稿されている。
第12号(昭和39年10月)p.28-29「わだつみに祈る」
第40号(昭和12年11月)p.68-70「韓国の学生、同志社の先輩たち」
第46号(昭和47年6月)p.44「『藩論』について」
第102号(平成8年10月)p.4「戦没学徒の清洌な青春の香り」
※12号、40号、102号では「中条毅」となっている。
(同志社大学HP「サイト内検索」と「『同志社時報』バックナンバー一覧」 https://www.doshisha.ac.jp/information/public/doshishajihou/backnumber/list.html [参照 2016-12-16]で確認)
・「読書雑感」『同志社大学図書館学年報』6号 1980年10月 p.1
(本学契約データベース「magazineplus」による検索)
- 事前調査事項
-
「社会学部の設立構想とその経緯」(『同志社大学評論・社会科学』100号に掲載)は読んだ。
- NDC
-
- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090)
- 参考資料
-
-
中條毅. 産業関係学を省みて-その歴史とパラダイムを求めて-. 同志社大学人文学会, 1991-05-30. 評論・社会科学 42 p. 51~74.
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/2067/?lang=0&mode=0&opkey=R147399745903468&idx=1 (参照:2016-12-16) - 国破れて母校あり 同志社戦没学生に捧ぐ. 1979. 同志社大学広報 126 p. 6-7 (NCID:AN10139977)
- 同志社に関する文献目録. 1985. 同志社談叢 5 (NCID:AN00382516)
- 日本の女性は強くなったのか. 1980. びぶりおてか 27 p. 2 (NCID:AN10144693)
- 同志社時報. 同志社. (NCID:AN00382527)
- 読書雑感. 1980. 同志社大学図書館学年報 6 p. 1 (NCID:AN00165802)
-
中條毅. 産業関係学を省みて-その歴史とパラダイムを求めて-. 同志社大学人文学会, 1991-05-30. 評論・社会科学 42 p. 51~74.
- キーワード
-
- 中條毅
- 同志社
- 同志社大学学術リポジトリ
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 退職教員
- 登録番号
- 1000203416