レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2007/09/21
- 登録日時
- 2011/01/17 02:01
- 更新日時
- 2011/01/20 17:22
- 管理番号
- 6000002341
- 質問
-
解決
後醍醐天皇が配流のとき、美保関に着き詠んだと伝えられる歌「きのうより 盛りそへたる桜花 明日の色香の 行き待たれける」が松江市美保関町(旧:島根県八束郡美保関町)にあり、“賢禅”と書いてあるらしい。後醍醐帝にこの名諱があるかどうか調べたい。また、後醍醐帝に“尊治”というの名があるかも知りたい。
- 回答
-
当館所蔵の【資料1~4】を調査したところ、以下のような記述があり、それぞれ紹介。
資料1:後醍醐天皇の御名として「尊治」とあり。
資料2:「後醍醐天皇(諱は尊治)」とあり。
資料3:「文保二年(1318)、持明院統の花園天皇にかわって、大覚寺統から尊治親王が天皇になった」とあり。
資料4:「伝燈大法師賢禅右得、天永3年東寺の両界曼陀羅を書き、威儀師に補せらる」とあるのみ。後醍醐天皇との関連については触れていない。
<参考>【資料3】p12「隠岐配流」より、元弘2年3月7日、後醍醐は、京都より配所隠岐へと旅立った。一行は、同月23日、出雲国美保関に到着し、4月2日、隠岐に到着した。
<2010/9/24追記>
〔Wikipedia:後醍醐天皇〕http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E9%86%8D%E9%86%90%E5%A4%A9%E7%9A%87(最終確認2010/9/24)に、「諱は尊治(たかはる)」との記述あり。
- 回答プロセス
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(1)参考資料の人名事典や「後醍醐天皇」に関する資料を調査。
以下の資料には、“尊治”“賢禅”の名、該当の歌なし。
・『号・別名辞典』(日外アソシエーツ,2003)
・『名乗辞典』(東京堂出版,1967)
・『国歌大観』(角川書店)
・『帝王後醍醐』(中央公論社,1978)
・『建武中興』(明成社,2004)
・『皇子たちの南北朝』(中央公論社,1988)
(2)〔国文学研究資料館:二十一代集データベース〕http://base1.nijl.ac.jp/infolib/meta_pub/21DDefault.exe?DB_ID=G003783121dai&GRP_ID=G0037831&DEF_XSL=default&IS_TYPE=csv&IS_style=default(最終確認2010/9/24)より、「きのふより」「後醍醐」「桜花」「色香」 などのキーワードで検索するが、該当の歌なし。
- 事前調査事項
- NDC
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- 系譜.家史.皇室 (288 8版)
- 参考資料
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- 日本人名大事典,2,平凡社,1979, (1979、p595~597「後醍醐天皇」 ※貸出禁止資料 【資料1】)
- 後醍醐天皇,森 茂暁/著,中央公論新社,2000.2, (2000、pi「まえがき」 【資料2】)
- 後醍醐天皇,新人物往来社,1990, (別冊歴史読本1990.10、p17 ※貸出禁止資料 【資料3】)
- 大日本書画名家大鑑,伝記下編,荒木矩/編,第一書房,1975, (1975 p2479「賢禅」 ※貸出禁止資料 【資料4】)
- キーワード
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- 諱(イミナ)
- 後醍醐天皇(ゴダイゴテンノウ)
- 尊治(タカハル)
- 賢禅(ケンゼン)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 団体
- 登録番号
- 1000076664