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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000227137
提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20171222-6
事例作成日
(Creation date)
2017年12月22日登録日時
(Registration date)
2017年12月22日 16時14分更新日時
(Last update)
2018年12月19日 13時30分
質問
(Question)
岩崎久弥邸について知りたい。
回答
(Answer)
以下の資料がみつかった。

<図書>
小木新造, 内田雄造編著『江戸東京学への招待』3 ; 生活誌篇 日本放送出版協会 , 1996.1 . - (NHKブックス ; 752)
本館請求記号:213.6 - O25 - 3
p.33-46 和洋併置住宅(藤森照信)
「現存最古の和洋併置住宅は岩崎久弥邸です。明治二九年(一八九六)にコンドルの設計でできました。洋館だけ残っているのはありますが、和館も残っているのはこれが最古です。」
p.36-37 図3 岩崎久弥邸間取り図
人員一覧として、大正初期の家族(7名)構成、使用人などの具体的な人数(計55名)が記載されている。

藤森照信著 『日本の近代建築』上,下. 岩波書店 , 1993 . - (岩波新書 ; 新赤版 308,309)
本館請求記号:000 - 岩波新書(新赤) - 308(上)、000 - 岩波新書(新赤) - 309 (下)
久弥の三女綾子氏の聞き書きが記載されている。

今尾恵介監修『東京凸凹地形案内 : 5mメッシュ・デジタル標高地形図で歩く』東京 :平凡社 , 2012.11-2013.5 ISBN:9784582945485
本館請求記号:291.36 - To46
p.43の地図に旧岩崎邸庭園が確認できる。

米山勇著 ; 伊藤隆之写真著『時代の地図で巡る東京建築マップ』東京 : エクスナレッジ , 2013.7エクスナレッジムック
(中央)3階開架 一般図書 521.6 - Y84 09169969 ISBN: 9784767816234
p.78-79 ジョサイア・コンドル、旧岩崎家住宅洋館

黒岩比佐子著『明治のお嬢さま』東京 : 角川学芸出版(角川選書 ; 441 )ISBN:9784047034419
本館請求記号:一般図書367.21 - Ku73
p.126 
「岩崎家本邸の建物と庭園はいま、旧岩崎邸として一般にも公開されているが、その敷地は一万四千坪以上である。さらに、現在の深川清澄公園と駒込六義園も岩崎家が所有していた別邸だった。清澄邸の敷地は約三万坪で、ここにもコンドル設計の洋館があった。ただし、一九二三(大正十二)年の関東大震災で焼失している。現在の駒込六義園は約三万坪だが、三菱財閥初代の岩崎弥太郎が購入したときは、隣接する邸宅まで一緒に買い入れて、十二万坪の敷地に別邸を営んでたという。」
p.125-127 岩崎家の邸宅と久弥の記述。邸宅見取り図あり。
p.142-143 久弥の記述と大磯の別邸について記述あり。

<ウェブサイト>
旧岩崎邸庭園 きゅういわさきていていえん(東京都公園協会)東京都台東区池之端一丁目
http://teien.tokyo-park.or.jp/contents/outline035.html  (2017/12/22 確認)
「旧岩崎邸庭園は1896年(明治29年)に岩崎彌太郎の長男で三菱第3代社長の久彌の本邸として造てられました。」

六義園 この公園について(東京都公園協会)東京都文京区本駒込六丁目
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/about031.html  (2017/12/22 確認)
「元禄8年(1695年)、五代将軍・徳川綱吉より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳澤吉保自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げました。」
「明治時代に入り、岩崎弥太郎氏(三菱創設者)の所有となった当園は、昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されることになりました。」

清澄庭園 この公園について(東京都公園協会) 東京都江東区清澄二・三丁目
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/about033.html  (2017/12/22 確認)
「この地の一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716~1736年)には、下総国関宿の藩主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形づくられたようです。
明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として 一応の竣工をみました。(略)清澄庭園は、関東大震災で大きな被害を受けましたが、この時図らずも災害時の避難場所としての役割を果たし、多数の人命を救いました。岩崎家では、こう した庭園の持つ防災機能を重視し、翌大正13年破損の少なかった東側半分(現庭園部分)を公園用地として東京市に寄付し、市ではこれを整備して昭和7年7 月に公開しました。」
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213)
日本の建築  (521)
参考資料
(Reference materials)
旧岩崎邸庭園・洋館の平面図が見たい。(昭和女子大学図書館)
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000083882  (2017/12/22 確認)
キーワード
(Keywords)
岩崎久弥
岩崎邸
六義園
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
建学関連調査:世耕弘一
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査 所蔵調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000227137解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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