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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000190619
提供館
(Library)
千葉県立東部図書館 (2110047)管理番号
(Control number)
千県東-2015-0018
事例作成日
(Creation date)
2016/02/03登録日時
(Registration date)
2016年04月01日 00時30分更新日時
(Last update)
2017年02月24日 10時56分
質問
(Question)
第二次世界大戦中の地名で、「提岸省フーラム」「緬支国境ムセ」「佛印国境ホルサ」「徳和」が載っている地図が欲しい。
回答
(Answer)
●提岸省フーラム
当館で確認した資料の中では、該当の地名が見つからなかった。
なお、『大南洋地名辞典3 泰国及仏領印度支那』【資料1】の「佛領印度支那之部」p163に同名の土地が複数有り、その1つが
 「Phu Lam(村) 交趾支那,嘉定(Gia Dinh)州。
  Chilonの西方5粁。この一帯は平地にして米作盛んなり。」
と書かれている。嘉定州は提岸(Chilon)省に隣接する。「粁」はキロメートル。
付図には、嘉定州の州庁所であるGia Dinhのみ記載されていた。
また、wikipedia「永興島」によると、西沙諸島の島の1つも「フーラム島」とよばれ、中国語表記は「永興島」。

●緬支国境ムセ
中国国境近くのミャンマーの街。戦時中の地図では見つからなかった。
『シッタン・明号作戦(戦史叢書32)』【資料2】の「付図第四 彼我両軍選挙区推移概見図」にmuseの近隣の「ナンカン」(ミャンマー側の街。英語表記でNamhkam)、「ワンチン」(中国側の街。中国語表記で畹町。ピンインはWan Ting)の記載が有る。(付図一も同じ。)
最近の地図であれば、【資料5】『地球の歩き方2016‐17 D24 ミャンマー(ビルマ)』(『地球の歩き方』編集室編集 ダイヤモンド・ビッグ社 2015.9)などの観光ガイドにも名前が載っている。 

●佛印国境ホルサ
当館で確認した資料の中では、該当の地名が見つからなかった。
なお、類似の名称だと『大東亜南方圏地名索引集 印度支那地図地名索引・マダガスカル島地名索引・濠洲地名索引・印度洋諸島地名索引(アジア学叢書)』【資料3】の「泰国地名索引」p83、166に「ホンサ Hong Sa E101°-102° N19°-20°」の記載がある。
『大南洋地名辞典3 泰国及仏領印度支那』【資料1】の付図「佛領印度支那」で該当の箇所を確認すると「M.Huong Sa」の表記で記載があり、泰佛印国境近く(泰へ割譲された部分)となっていた。

●徳和(Đức Hòa)
ホーチミン市の西隣にあるロンアン省の県。
『大南洋地名辞典3 泰国及仏領印度支那』【資料1】の付図「佛領印度支那」、『南洋叢書 第2巻 仏領印度支那』【資料4】の付図「佛領印度支那」(同名の地図2枚のうち一方)に記載がある。
回答プロセス
(Answering process)
googleで「インドシナ 地図」を検索すると、リサーチナビの「外邦図(フランス領インドシナ)」( https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-303.php )がヒットし、国立国会図書館で外邦図を所蔵していることが分かる。リンク先から外邦図のデジタルデータを公開している図書館を確認するが、探している地域の資料は見つからない。
「戦史叢書」やリサーチナビに記載の『南洋叢書』にある地図をあたったが該当する表記での記載が無い。
再度、googleで地名から検索し、地域を限定した上で地名索引、地図及び各国の図書をあたり直した。

●提岸省フーラム
googleで地名から検索をし、ベトナムの地名に関する資料を棚で確認したが、地図を掲載している本が見当たらなかった。
なお、【資料1】に提岸省近郊の土地が記載されていた為、紹介した。
また、当館職員が「フーラム島」の存在を知っていたため、確認するためにgoogleで「フーラム島」で検索したところ、
wikipedia「永興島」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E8%88%88%E5%B3%B6
の項がヒット。中国語表記は「永興島」であり、西沙諸島の島の1つであることがわかった。

●緬支国境ムセ
緬(ミャンマー)と支(中国)の国境ラインの街で同名の街をインターネットで検索すると、ミャンマー側にmuse(中国語では木姐)がヒットする。
Wikipedia( https://zh.wikipedia.org/wiki/ 木姐)では、1945年1月に中国軍の支配下に移っている旨の記載があるが、書籍での事実確認はできなかった。

●佛印国境ホルサ
佛印国境は、泰佛印国境のラインだと考えられることからインターネット検索及び該当国の地名に関する資料を書架で確認したが、見当たらなかった。
なお、類似の名称だと【資料3】の「泰国地名索引」p83、166に「ホンサ Hong Sa E101°-102° N19°-20°」の記載がある。ホンサは、【資料1】の付図「佛領印度支那」に「M.Huong Sa」の表記で泰佛印国境近く(泰へ割譲された部分)に記載があった。

●徳和
ヨミ(Đức Hòa)でgoogleで検索すると、Wikipedia「Đức Hòa」
https://vi.wikipedia.org/wiki/%C4%90%E1%BB%A9c_H%C3%B2a )やロンアン省のホームページ( http://duchoa.longan.gov.vn/Pages/Default.aspx )がヒットし、ホーチミン市の西隣にあるロンアン省の県だと分かる。該当の表記を地図から探した。
(インターネットの最終アクセス:2016年2月9日)
事前調査事項
(Preliminary research)
「提岸」はベトナムのホーチミン市(旧サイゴン)にある一角の華人地区(チョロン)ではないか。戦時中は統治国も違うことから、この地名がベトナム語読みなのか、日本語、中国語かも不明。
『世界大地図帳 7訂版』(梅棹忠夫ほか監修 平凡社 2015)
『世界地名辞典 東洋編 新版』(東京堂出版 河部利夫編 東京堂出版 1980)
『東南アジアを知る事典 新版』(桃木至朗ほか編集 平凡社 2008)
『スタンダートアトラス世界 地図帳』(平凡社 1991)
『第二次世界大戦事典』(エリザベス・アン・ホイール[ほか]著 朝日ソノラマ 1991)
『世界地名語源辞典 3訂版』(蟻川明男著 古今書院 2003)
『最新中国地名事典』(日外アソシエーツ 1994)
NDC
アジア  (292 9版)
東南アジア  (223 9版)
戦争.戦略.戦術  (391 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『大南洋地名辞典3 泰国及仏領印度支那』(第一書房 1986)|2100010774
【資料2】『シッタン・明号作戦(戦史叢書32)』(防衛庁防衛研修所戦史室著 朝雲新聞社 1969)|2100621627
【資料3】『大東亜南方圏地名索引集 印度支那地図地名索引・マダガスカル島地名索引・濠洲地名索引・印度洋諸島地名索引(アジア学叢書)』(東亜研究所編 大空社 2007.2)|2102015457
【資料4】『南洋叢書 第2巻 仏領印度支那』(満鉄東亜経済調査局編 クレス出版 1991.3)|9102222704
【資料5】『地球の歩き方2016ー17 D24 ミャンマー(ビルマ)』(『地球の歩き方』編集室編集 ダイヤモンド・ビッグ社 2015.9)資料コード|2102716461
キーワード
(Keywords)
印度支那(インドシナ)
第二次世界大戦(ダイニジセカイタイセン)
地名(チメイ)
地図(チズ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
一般
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000190619解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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