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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000103380
提供館
(Library)
山形県立図書館 (2110039)管理番号
(Control number)
2009-0068
事例作成日
(Creation date)
2012年02月28日登録日時
(Registration date)
2012年03月10日 15時03分更新日時
(Last update)
2012年03月30日 09時11分
質問
(Question)
 山形市における避病院に関する資料を知りたい。
回答
(Answer)
 資料①のP346~348に、明治28年2月、山形市で流行したコレラにより、山形城二の丸外濠北の荒蕪地(現在の香澄町)に「避病院」を建設、患者61名を収容したとあります。また、明治32年秋には、腸チフスが流行し、患者100余名に達し、病舎狭隘を告げ、応急措置として116坪を増築して急場をしのいだとあります。

 その後、明治35年春、改築に着工し、病室・消毒所・汚物焼却場・浴室・事務室等が同年9月に竣工、「山形病院」と命名されたが一般には「避病院」と呼ばれたこと、さらに、竣工わずか一カ月足らずの9月28日、暴風雨により旧病棟その他施設が倒潰、新築施設にも大被害があったこと、これを修理するより市立病院済生館に隔離病棟を充実すべきだとして「山形病院」は利用されなくなったことなどが記載されています。

 資料②のP136~137には、明治28年8月2日のコレラ発生後、応急的にバラック建を建設し、11日から患者の隔離収容を行ったとあります。また、明治32年秋には腸チフスが流行し、更にバラックの建増を行うなど少なからず苦労したこと、建築は、明治35年9月1日落成し「山形病院」と命名、頻発する赤痢患者を収容したが、同月28日、暴風雨により倒潰又は大破したとの記載があります。

  資料③のP24~39に、「山形県における伝染病の歴史的研究(二) コレラ発生と予防法」(村上正市著)と題する論文が掲載されています。そのなかで江戸時代末期から明治時代にかけ山形県で流行したコレラについて記されています。
  また、明治19年9月に山形市でコレラ患者が発生したため、山形城西方に避病院を建設し隔離した旨記載があります。文末には「山形県コレラ関係略年表」が掲載されています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
衛生学.公衆衛生.予防医学  (498 9版)
参考資料
(Reference materials)
資料①山形市医師会史(前編)/山形市医師会史編纂委員会編/1979(YK490.6/ヤマ/1)
資料②山形市政六十年史/川崎浩良編 橋詰達雄共編/1951(YK318.3641/カワ)
資料③羽陽文化 第139号・第140号 合併号/山形県文化財保護協会発行/1996(KS709.139-140)
※( )は当館の請求記号です。
キーワード
(Keywords)
避病院 
伝染病
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
所蔵調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000103380解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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