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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000258592
提供館
(Library)
佐賀県立図書館 (2110026)管理番号
(Control number)
200926
事例作成日
(Creation date)
20180419登録日時
(Registration date)
2019年07月12日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年07月12日 00時30分
質問
(Question)
 佐賀の乱の政府軍と佐賀軍との人員や戦死・負傷者などの文献はよく知られていますが、軍艦・船舶や大砲・小銃などの兵器、軍費などの比較がわかる資料や文献がありましたらご教示ください。   また征韓党と憂国党には戦争に長けた人物・参謀、例えば西南戦争の篠原国幹のような軍師・戦術家がいましたか。
回答
(Answer)
御質問の件について、次のとおり回答します。 1.「政府軍と佐賀軍の兵器、軍費の比較」については、次の資料を御案内いたします。 (1)『地方統治体制の形成と士族反乱』 堤啓次郎/著 九州大学出版会 2010年 P142  佐賀県が報告した兵器没収の結果として、「騒擾所関一覧概表」(『公文録 内務省之部三 明治八年六月』)から作成された「兵器没収表」が載っています。  (2)『江藤新平と佐賀の乱』 園田日吉/著 新人物往来社 1974年 P196 出動船舶は東、雲揚、竜驤、鳳翔の四隻と、大阪丸、野母丸、舞鶴丸、天幸丸、蓬莱丸、玄武丸、姙婦丸、北海丸、猶竜丸、カントン号、ニューヨルク号の合計十五隻、征討軍が費消した弾薬は大砲が四百五発、小銃弾が二十六万八千二百三十五発、解散までに使った軍費が約百万円という記述があります。 (3)『佐賀の乱(役)』 中田二佐/編 九州地区補給処 1978年 P97“征韓・憂国党の関係は協力である戦費については、佐賀城の共有金一万二千円と旧鍋島藩知事の家禄金二万五千円を借り受けの形で引き出して” P97“アームストロング砲をはじめ、優秀な最新式小銃の大部分は、廃藩置県の際政府に献納しているので、装備については各自自己所有分を携行するか、外商から買入れたものを装備したと思われるが細部は不明である。” 2.「征韓党と憂国党に参謀等がいたか」については、次の資料を御案内いたします。 戦術に長けた人物という表現はございません。  (4)『南白江藤新平実伝』 江藤冬雄/著 佐賀新聞社 2000年 P400 「佐賀軍の陣容」という項目があり、征韓党の亜者や総代、憂国党の主謀や会軸の記述があります。 (5)『江藤南白 下』 的野半介/著 原書房 1968年 附録P1「憂国党諸士伝」、附録P47「征韓党諸士伝」という項目があります。 (6)『江藤新平伝』園田日吉/著 1968年 P257 八、三瀬、境原の激戦と佐賀軍の敗退 の項目 P258 “この時三瀬峠に立て籠っていたのは、佐賀軍髄一の驍将と言われた元陸軍少佐(各記録には中佐とか大佐とある)の朝倉弾蔵であった。” P260 “しかもこれを守る佐賀軍は、本陣を境原の若宮社に置き、憂国党の会軸で、主謀島義髙(謙助)を総帥に、福地常彰と村山長栄の両会軸がこれを補佐し、征韓党の驍将野田辰蔵と、精悍無双の久富梅之丞が第一線の部隊長となって興廃この一戦にありと敗闘した。”
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
園田日吉著『江藤新平伝』266頁、同著『江藤新平と佐賀の乱』196頁には、征討軍のデータは記されています。
NDC 
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000258592解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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