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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000257841
提供館
(Library)
所沢市立所沢図書館 (2310110)管理番号
(Control number)
所沢本-2019-007
事例作成日
(Creation date)
2018/06/05登録日時
(Registration date)
2019年06月27日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年06月28日 09時40分
質問
(Question)
日本で初めての保健所が、所沢にできたその当初のことを知りたい。
回答
(Answer)
以下の資料に記載があります。
 〇『所沢市医師会史』 所沢市医師会史編集委員会/編著 所沢所沢市医師会 1992年
 〇『所沢市地域保健医療計画 平成28年度~31年度 』所沢市健康推進部保健医療課 所沢市健康推進部保健医療課 2016年
 〇『農村保健館40周年を記念して』 農村保健館記念碑建立発起委員会 日本公衆衛生協会 1977年
 〇『保健所事業概要 平成9年度 』 所沢 埼玉県所沢保健所 1995年
 〇『埼玉県医師会史 戦前編 』 若林巖/編著 浦和埼玉県医師会 1967年
 〇『ところざわ歴史物語 』 所沢市教育委員会/編 所沢市教育委員会 2006年
 〇『日本全国発祥の地事典』 日外アソシエーツ株式会社/編集 日外アソシエーツ 2012年
 〇『写真集 所沢』 所沢市史編さん委員会/編 所沢市 1986年
回答プロセス
(Answering process)
1 所蔵資料の内容確認
 〇所沢市医師会史 所沢市医師会史編集委員会/編著 所沢所沢市医師会 1992年
  P36「(前略)昭和7年2月9日、ロックフェラー財団側の事情で寄付行為が遅れたため、(中略)そして、昭和12年1月4日、埼玉県告示によって「埼玉県特別衛生地区保健館」(農村保健館の正式名称)が誕生し、同年1月10日から一部の事務を開始した。、(中略)初代館長には与謝野光博士(歌人・与謝野晶子の子息)が就任した。保健館は昭和13年庁舎の完成を待って全面的な活動を開始したが、(以下省略)」との記載あり。
 
 〇『所沢市地域保健医療計画 平成28年度~31年度』所沢市健康推進部保健医療課 所沢市健康推進部保健医療課 2016年
  P4「本市の保健医療に関する沿革」の項に「所沢市は「保健所発祥の地」です。日本の保健所は、昭和12年の東京・京橋の「都市保健館」、所沢町(現在の本市くすのき台一丁目)の「農村保健館」に始まります。その後、農村保健館は昭和16年に「所沢保健所」と改称し、本市けやき台に新築移転しましたが、平成22年に保健所再編に伴い狭山市に移転、「狭山保健所」として現在に至っています。」との記載あり。
 
 △『富岡村昭和医療記』 金指栄一著 所沢医療生活協同組合 1987年
   P127に「埼玉県特別衛生地区保健館事業要綱」の記載あり。
  
 ×『所沢市史 下』 所沢市史編さん委員会/編 所沢市 1992年
   P399「所沢病院の建設」の項に「(前略)それは「所沢町外六ケ村所沢病院組合」の設置である。(中略)しかし折からの不況のために財政的余裕がなく、結局所沢行政事務会所属の一町六村(所沢町、松井、柳瀬、富岡、小手指、山口、吾妻村)の組合立で建設をということになった。(以下省略)」との記載はあるが、保健所に関する記載はなし。
 
2 その後の調査による追加資料
 〇『農村保健館40周年を記念して』 農村保健館記念碑建立発起委員会 日本公衆衛生協会 1977年
   「所沢保健館記念碑」、「保健所発祥之地由来記」(碑)、「農村保健館」等の写真の掲載あり。
   P9-13「農村保健館設立の経過について」(小見山茂人/著)の記載あり。
   P10「農村保健館への道程」の項に「農村保健館が、埼玉県を候補地とされたのは昭和6年で、内務省に公衆衛生技術官訓練機関設立準備委員会が設立された時である。」当時の文書が保存されているとして「模範衛生実習地区設置ニ関スル件」(衛発第228号 昭和6年6月16日)、「模範衛生実習地区選定ニ関スル件」(衛発第1480号 昭和9年7月8日)の記載あり。
   P13「歴代保健所長」の項に「農村保健館長 与謝野 光(昭和12.1.10~16.3.31)、初代所長 与謝野 光(昭和16.4.1~18.9.30)」の記載あり。
   P14「思い出」の項に「所沢保健館」(与謝野 光/著)の記載と、与謝野氏の写真の掲載あり。
     「(前略)保健館は公衆衛生院の臨時訓練機関として、埼玉県立として愈々建設が始まり、所沢外6ヶ村の寄付で、組合病院の隣りの土地を貰って、ロックフェラー財団負担で当時としては立派な建物の落成を見た。(中略)全国各県と六大都市から各1名の所長候補が選ばれて、所沢駅前の旅館に罐詰となって、数日間の講義や、実習に励まれたことも懐かしい思ひ出である。(中略)結核予防対策としてのBCG接種は初めて所沢で実施されたものであるし、ツベルクリン反応判定基準も此処で研究されて決まった事を書き誌して置きたい。(農村保健館長・初代所沢保健所長)」との記載あり。
 
 〇『保健所事業概要 平成9年度』 所沢 埼玉県所沢保健所 1995年
   P5「保健所の沿革」の項に
     「昭和13年 埼玉県立特別衛生地区保健館として、仮事務所(町村組合病院内)にて事務を開始(4町27村) (1月10日)
      昭和16年 埼玉所沢保健所と改称 (4月1日)」との記載あり。
     
 〇『埼玉県医師会史 戦前編』 若林巖/編著 浦和埼玉県医師会 1967年
   P335「所澤保健所概史」の項に以下の記載あり。
      「(前略)これより先、昭和10年にロックフェラー財団の援助と指導とによって東京市の京橋に都市保健館、埼玉県の所沢に農村保健館の開館を見た。(筆者註-略)この保健館は一定地域を担当して疾病の予防、母子保健、衛生思想の普及等の指導事業を組織的に、総合的に行なおうとするもので、要するに当時世界各国に活発に動いていた本来の保健所事業を、模範的に実施するのが、その目的であった。そして同時に当時たまたま開始された公衆衛生関係技術者の訓練機関たる公衆衛生院の臨地訓練施設とすることとなった。 この保健館の開設は、日本における本格的な保健所活動の最初の試みであり、日本のその後の衛生行政の方向を示すものとして極めて重要な意義をもっていた。そしてこれが今日の保健所事業の基礎となったことはいうまでもない。農村保健館を所沢に設置することになった経緯については次の二つの文書で明らかである。(その後に「模範衛生実習地区設置ニ関スル件」(衛発第228号 昭和6年6月16日)、「模範衛生実習地区選定ニ関スル件」(衛発第1480号 昭和9年7月8日)の記載あり。以下省略)
 
 〇『ところざわ歴史物語』 所沢市教育委員会/編 所沢市教育委員会 2006年
   P116「トピックス 【農村保健館の設置】」の項に「昭和12年に、公衆衛生の技術者養成の機関として、所沢に農村保健館が開設された。この保健館は今日の保健所の先駆けとなったことから、所沢は「保健所発祥の地」といわれている。所沢が設置場所に選ばれた理由は、当時所沢町外6か村(富岡村、山口村、小手指村、吾妻村、松井村、柳瀬村)による組合立の病院があり、その設備や活動が評価されたからであった。保健館は組合立病院に隣接して建てられ、その後昭和16年に所沢保健所と改称されて、同39年に現在のけやき台に新築移転した。」との記載あり。
      「組合立所沢病院」(昭和5年)と「農村保健館跡碑」(くすのき台長者久保公園)の写真あり。
 
 〇『日本全国発祥の地事典』 日外アソシエーツ株式会社/編集 日外アソシエーツ 2012年
  P96「保健所発祥の地」の項あり。
     「日本で初めて保健所が作られたのは1937(昭和12)年のことである。場所は東京・京橋と埼玉・所沢であった。これは、米国ロックフェラー財団からの寄付を受けてのことである。後者の保健所は「農村保健館」として業務を開始、1941(昭和16)年には所沢保健所と改称した。このたてものは老朽化のため使用されなくなり、現在では狭山保健所となって狭山市稲荷山にある。」
     「[碑名]保健所発祥の地 [1]  保健所発祥之地由来記 [副碑]
      昭和5年 米国ロックフェラー財団から我が国に公衆衛生技術者教育機関を寄付する意向が示され 昭和6年 中央に教育機関の公衆衛生院を置き 都市及び農村地区にそれぞれ臨地訓練機関の保健館を設置することになった。 (中略) 昭和12年1月4日 本県は所沢町に県立特別衛生地区保健館の設置を告示し 町村組合共同病院内に仮事務所を置き 農村保健館の業務を開始した。(中略) 題字「保健所発祥之地」は初代農村保健館長 保健所長であった與謝野光博士の染筆である 昭和52年5月12日」との記載あり。
  P175「都市型保健所発祥の地」の項あり。 

 〇『写真集 所沢』 所沢市史編さん委員会/編 所沢市 1986年
   P86に「埼玉県立特別衛生地区保健館」(昭和13)の写真と「所沢保健所の前身である埼玉県立特別保健館は、昭和13年にロックフェラー財団の寄付により設立された。この農村保健館は、所沢町ほか3町27か村を管轄し、公衆衛生の中枢機関として各種団体と協力し、模範的な衛生事業を行った。」との記載あり。
   P87に「保健所発祥の地碑」の写真と「その後、この地に建てられた「保健所発祥の地」の石碑は、現在の所沢保健所内に移された。」との記載あり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
医学  (490 9版)
衛生学.公衆衛生.予防医学  (498 9版)
関東地方  (213 9版)
参考資料
(Reference materials)
所沢市医師会史 所沢市医師会史編集委員会/編著 所沢所沢市医師会 1992 490.6
所沢市地域保健医療計画 平成28年度~31年度 所沢市健康推進部保健医療課 所沢市健康推進部保健医療課 2016.3 498.1
農村保健館40周年を記念して 農村保健館記念碑建立発起委員会 日本公衆衛生協会 1977.4 498.1
保健所事業概要 平成9年度 所沢 埼玉県所沢保健所 1995 K498.1
埼玉県医師会史 戦前編 若林巖/編著 浦和埼玉県医師会 1967 490
ところざわ歴史物語 所沢市教育委員会/編 所沢市教育委員会 2006.3 213.4
写真集 所沢 所沢市史編さん委員会/編 所沢市 1986.3 213.4
日本全国発祥の地事典 日外アソシエーツ株式会社/編集 日外アソシエーツ 2012.7 031.4 978-4-8169-2369-2
キーワード
(Keywords)
所沢保健所
埼玉県特別衛生地区保健館
与謝野光
ロックフェラー財団
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000257841解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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