このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000240143
提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-18-050
事例作成日
(Creation date)
2018年07月27日登録日時
(Registration date)
2018年08月04日 10時28分更新日時
(Last update)
2018年08月12日 09時44分
質問
(Question)
両角恭四郎(石門道人)の経歴・業績について知りたい。
回答
(Answer)
・『諏訪教育会百年の歩み』
 p.21 「明治15年(1882年)6月11日、両角恭四郎・三輪知年・千野三吉(後に三輪)・柴田乙丙(後に稲垣)・中島廣蔵が発起人となって、上諏訪の文林堂で、教育会の創立趣意書を印刷して各学校に配った。」
 p.23 「明治16年(1883年)12月18日付郡役所経由で県学務課に進達された文書件名に『諏訪郡教育会長両角恭四郎 願師範学校教育会へ臨席ノ件』がある。これは、会長両角恭四郎が諏訪郡教育会へ師範学校教員を派遣されたいと県学務課へ願いでた文書である。」
 p.44 「明治18年(1885年)6月28日、自修中学会と称する自学自修の団体が創設された。『自修中学会記録』(三輪知久氏所蔵)によると『千野光亨・金井汲治・両角恭四郎・三輪三吉・川西也寿三・柴田省三・高橋貞吉等我諏訪郡中学ノ設立ナキヲ以テ他ニ高等普通学科ヲ修ムルノ方ヲタツヘキヲ思ヒ 之ヲ同志ニハカリテ二十余人ヲ得 遂ニ本日ヲ以テ規則ヲ議定スルニ至レルナリ』とあり、千野光亨等の主唱によって創設されたものである。」
 p.161 「諏訪部会は、昭和3年(1928年)、第二次物故教育功労者の事績調査をはじめた。調査は、一年調査もあり継続調査もあるが、年譜・事績・伝記・遺稿・書画にわたって調査し17年まで調査している。調査対象の先輩は、岩本節次、岩垂今朝吉、三輪三吉、塚原浅茅、遊座也足、千野光亨、鵜飼順彌、寺島伝右ヱ門、藤森佐吾吉、鵜飼初彌、金井汲治、両角恭四郎であった。」
 p.320 「明治15年 両角恭四郎・三輪三吉等の主唱により、諏訪郡教育会(公立)を組織し、八支部を設ける。」

・『長野県教育史 第1巻 総説編』
 p.766 「明治9年 両角恭四郎が合格して四等訓導になった。」
 訓導とは教員のことで、筑摩県師範講習所の設立、筑摩県師範学校改称と経過する中で、訓導が増えていったとの記載あり。

・『下諏訪学校教育百年史』
 p.22 「明治14年(1881) 下諏訪学校職員、両角恭四郎他14名、児童数568名である。この年はじめて校長の職種が規定される。」
 p.24 「明治16年 下諏訪学校職員は、両角恭四郎他15名である。」

・『諏訪史料叢書 復刻 第5巻』
 p.431 「地域活動が土台となり、軍を一つにした教育会をつくろうという気運が起こり、両角恭四郎・三輪知年・千野三吉・柴田乙丙・中島廣蔵が発起人となって明治15年6月、郡教育会創立趣意書を各校に配った。翌7月2日、会合をもって諏訪郡教育会が創立された。」

・『諏訪の近現代史』
 p.313 「中学校開設の運びにとり残された諏訪郡では、高島学校訓導ら学校関係者20余名が明治18年6月に自修中学会を創立した。幹事金井汲治・副幹事千野光亨・書記両角恭四郎・三輪三吉・川西也寿三を互選して発足したこの会は、文字どおり自学によって学問を修めようとする会であった。」

・『下諏訪の歴史』
 p.314 寺子屋で師匠をしていた山田商山が亡くなったときに石門道人は恩を謝して商山の碑に記したとの記載あり。

・『信濃毎日新聞データベース』
 平成11年(1999)5月18日(火)夕刊1面に「両角恭四郎は、安政6(1859)年高島藩の重臣の家に生まれ、明治9年長野県師範学校を卒業、県内各地の訓導、北海道庁視学、新潟県視学等を歴任。明治末から大正初めまで大町中学で漢文を講じられた漢学者であり、書家としても知られた人である。昭和44(1969)年74歳で亡くなられた。」との記載があり。
回答プロセス
(Answering process)
1. 指定していただいた資料を調査。『信濃教育 [復刻版] 第33号』及び『長野県人名鑑』には見つからなかったが、『諏訪教育会百年の歩み』で両角恭四郎に関する記載が見つかったので、記載ページと本文を回答した。

2. 『諏訪教育会百年の歩み』より、両角恭四郎が諏訪の教育に携わっていたことがわかったので、当館OPACで「諏訪 教育」で検索するといくつか資料が見つかった。その中で両角恭四郎に関する記載があるものを回答した。

3. 『信濃毎日新聞データベース』で「両角恭四郎」で検索すると、経歴が掲載している記事が見つかったので回答した。
事前調査事項
(Preliminary research)
『新潮日本人名辞典』 新潮社辞典編集部/編集 新潮社 1991
『名前から引く人名辞典』 日外アソシエーツ株式会社/編 日外アソシエーツ 2002
『日本書画人名辞典』 杉原卑山/編 日本図書センター 1978
『郷土ゆかりの人物総覧』日外アソシエーツ株式会社/編 日外アソシエーツ 2011
『石門詩集』 両角恭四郎/著 1917
NDC
中部地方  (215)
教育史.事情  (372)
参考資料
(Reference materials)
諏訪教育会. 諏訪教育会百年の歩み. 諏訪教育会, 1982. 【N370/171】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001609744-00
長野県教育史刊行会 編. 長野県教育史 第1巻 (総説編 1). 長野県教育史刊行会, 1978. 【N372/52/1】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001413526-00
下諏訪学校教育百年史編纂委員会/編 , 下諏訪学校教育百年編纂委員会. 下諏訪学校教育百年史. 下諏訪町教育委員会. 【N372/59/ア】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059198318-00
諏訪教育会/編 , 諏訪教育会 , 諏訪教育会. 諏訪史料叢書 復刻 第5巻. 中央企画. 【N241/7a/5】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059270440-00
諏訪教育会 編 , 諏訪教育会. 諏訪の近現代史. 諏訪教育会, 1986. 【N241/155】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002618311-00
今井廣亀 著 , 今井, 広亀. 下諏訪の歴史. 下諏訪町立博物館, 1977. 【N241/76】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077974259-00
キーワード
(Keywords)
両角恭四郎
石門道人
諏訪
教育
信州学
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000240143解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!