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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000237107
提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-18-029
事例作成日
(Creation date)
2018年05月26日登録日時
(Registration date)
2018年06月12日 10時39分更新日時
(Last update)
2018年06月19日 11時21分
質問
(Question)
浪合合戦において皆討死したが、父子二人だけが逃げ延びたとある。その父子とは小山義政・若犬丸親子ではないのか。もし小山親子であれば、現在伝えられる史実と矛盾が生じる点がある。
回答
(Answer)
 浪合合戦と小山父子との関係性については『史籍集覧 第5巻 通期類』に所収されている『鎌倉大草紙』にp.4「(永徳3年)同(三月)廿九日木戸上杉白旗一揆發向す白旗一揆先日の耻をすすかんとてまつ一番にかかり長野城を攻おとして悉く放火す同十一日寺窪の城を攻落す四月十三日終に打負小山入道永賢自害して失にけり」とあるように小山義政が1383年に亡くなっている。『角川日本地名大辞典 9 栃木県』p.648に長野、p.596に寺窪の記載があるため、栃木県にあることがわかる。浪合合戦と年代が重なっている部分があるが、合戦時に小山義政が長野県浪合にいた可能性は低いと思われる。
 また、『鎌倉大草紙』にp.6「応永4年(1397年)正月二十四日小山若犬丸子とも二人若年にてありしを曾津の三浦左京太夫是をめしとり鎌倉へ進上しけるを實檢の後六浦の海に沈めらる」とあり、小山若犬丸が1397年に亡くなっている。小山義政・若犬丸に関する以下の本を調査したが「浪合」という言葉が見当たらなかった。
・『展望日本歴史 10 南北朝内乱』 2000年 【210.08/テン/10】
・『下野小山氏 シリーズ・中世関東武士の研究 第6巻』 松本一夫編著 2012年 【288.3/マカ】
・『関東足利氏の歴史 第2巻 足利氏満とその時代』 黒田基樹編著 2014年 【213/クモ/2】

 『浪合村誌』p.337に「浪合合戦のことを記した史料はほかに殆どなく、のちの江戸時代になってからは、いろいろと記したものもあるが、いずれも後世のつくりもので、そのまま信ずべき筋のものではなく、良質の史料によったものは遺憾ながら絶無である。その中の一つ、『南山巡守録』という書に一寸このことに触れている。」との記述がある。『史籍集覧 第4巻 通期類』に所収されている『南山巡守録』p.533には「『新田の一門信濃にたちこへ義兵を舉んとはかりことなめくらされたりこの使二人梶原美作守か爲に召捕られ一門も多く信濃國浪合にて討死し給ひけりされども相模守行啓父子は奥州汐かまのかたにのかれ給ひて忍はれし』とあり、『鎌倉大草紙』の記述とほぼ同じことが記してある」との記述がある。また、『鎌倉大草紙』に父子が奥州へ逃げたという記述の後にp.7「小山若犬丸亂により奥州にも安堵せす相州にしのひ行箱根山のおくに底倉といふ所あり木賀彦六といふものを頼みてかくれたまひしを如何してか聞出しけるにや竹の下の住人藤曲と云者しのひ來り応永十年四月二十五日新田相模入道行啓底倉山中にて討死也」とあり、奥州へ逃げた父子が新田相模守入道行啓父子であると思われる。
回答プロセス
(Answering process)
1. 『浪合村誌 上巻』に浪合合戦のことが示されており、『鎌倉大草紙』に書かれていることが史実性が高いことがわかった。『国書総目録 第2巻 か~く』で『鎌倉大草紙』を探してみると、『史籍集覧 第5巻 通期類』に所収されていることがわかった。『鎌倉大草紙』p.7に「去程に新田殿は去る永徳の比まて信濃國大川原と云所に深くかくれて有けるを國中皆申宮を初め新田一門浪合と申所にて皆討死して父子只二人うちもらされ奥州へにけ下り」と質問者が示していた部分が見つかったが、「奥州へ逃げ延びた父子」が小山親子であるかは明確にわからなかった。

2. 浪合合戦が行われたと思われる1380年代の小山家当主は小山義政・若犬丸にあたるため、両者に関係する資料を調査したところ、浪合という言葉は見当たらなかった。

3.『浪合村誌 上巻』に『鎌倉大草紙』と並んで『南山巡守録』が史実性が高いとの記述があるので、『国書総目録 第6巻 と~ひ』で『南山巡狩録』を探してみると、『史籍集覧 第4巻 通期類』に所収されていることがわかった。『南山巡狩録』のp.533に奥州へ逃げた父子が新田相模守入道行啓父子であると思われる記述を発見した。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210)
関東地方  (213)
系譜.家史.皇室  (288)
参考資料
(Reference materials)
浪合村誌編集委員会 編集 , 浪合村. 浪合村誌 上巻. 浪合村誌刊行会, 1984. 【N243//176/1】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077148160-00
近藤 瓶城/編 , 近藤 瓶城. (改定)史籍集覧 第4巻. 近藤出版部. 【210.08/80/4】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058967964-00
近藤 瓶城/編 , 近藤 瓶城. (改定)史籍集覧 第5巻. 近藤出版部. 【210.08/80/5】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058967965-00
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 , 「角川日本地名大辞典」編纂委員会. 角川日本地名大辞典 9 栃木県. 角川書店, 1978. 【291.03/カド/9】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I045456089-00 , ISBN 4040010906
岩波書店. 国書総目録 第2巻 (かーく). 岩波書店, 1964. 【025/39/2ア】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001183935-00
岩波書店. 国書総目録 第6巻 (とーひ). 岩波書店, 1969. 【025/39/6ア】
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001263079-00
キーワード
(Keywords)
浪合合戦
小山義政
小山若犬丸
新田相模守入道行啓父子
南山巡狩録
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物 地名
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000237107解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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