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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000235688
提供館
(Library)
山口県立山口図書館 (2110020)管理番号
(Control number)
00001107016
事例作成日
(Creation date)
2018年01月19日登録日時
(Registration date)
2018年05月16日 15時27分更新日時
(Last update)
2018年05月18日 14時30分
質問
(Question)
大内家の当主や毛利家の当主たちが高野山に納骨(分骨)されているかどうかが分かる資料はないか。
回答
(Answer)
高野山奥之院の図等から、大内家及び萩毛利家(支藩含む)に関する記述の有無を調査した。

大内家に関する墓石・供養塔等は見当たらなかった。萩毛利家(支藩含む)については以下の墓または供養塔について記述があった。典拠資料成立年の昇順に記述。人物の同定については、『近世防長諸家系図総覧』(田村哲夫 編修,マツノ書店,1980)を参照した。

国立国会図書館デジタルコレクション:『続紀伊風土記』第4輯高野山部上(天保10年(1839年)成立)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/765520/102
102コマ(p195,上段10行目)毛利飛騨守(引用者注:毛利元次(徳山毛利家)か)妻
102コマ(p195,上段15行目)毛利右馬頭(引用者注:毛利輝元か)同代々
103コマ(p196,下段16行目)毛利市正 小早川(引用者注:吉敷毛利家か)
106コマ(p202,下段12行目)吉川元長同元春勝之助(引用者注:吉川広みちか)代々
107コマ(p204,上段8行目)毛利甲斐守先祖(引用者注:長府毛利家か)
107コマ(p204,上段16行目)毛利大和守先祖(引用者注:徳山毛利家か)

国立国会図書館デジタルコレクション:高野山名所図会(明治34年(1907年)刊)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/819309/185
185コマ(p285,11行目) 吉川家墓[周防岩陽]
186コマ(p286,9行目) 毛利家墓[長門府中]
186コマ(p286,10行目) 毛利家墓[周防徳山]
186コマ(p287,11行目) 毛利家墓[長州])
187コマ(p288,14行目) 毛利家墓[長州],小早川家墓[中納言隆景]

「中世武士の墓の終焉と高野山大名墓の成立」(狭川真一,下記資料1『近世大名墓の成立』所収)
『紀伊国金石文集成』(巽三郎, 愛甲昇寛 編著,南紀考古同好会,1974)『同続編』(巽三郎 [ほか]編著,巽三郎,1995)に基づき、16世紀後半の大型五輪塔を抜き出した表があり、「10吉川元治塔」「14吉川元長塔」「16小早川隆景逆修塔」「17小早川隆景夫人逆修塔」が記載されている。なお、『紀伊国金石文集成』『同続編』は未所蔵のため未確認。

また、資料2の「奥の院参道図」には、図中央上(29町石周辺)に「長州毛利家供養塔」が記載されている。

なお、以下の資料の墓所に関する記述を確認したが、高野山納骨に関する記述は見当たらなかった。
『大内義隆』(福尾猛市郎,吉川弘文館,1989)
『大内義隆のすべて』(米原正義編,新人物往来社,1988)
『大内義隆』(米原正義,戎光社出版,2014)
『もりのしげり』(時山弥八,マツノ書店,2015)

追記:以下の資料については未所蔵のため、書誌事項のみ紹介。県内に所蔵があったため、後日、記述内容を確認したところ以下のとおり。

『高野山民俗誌 奥の院編』(日野西眞定,佼成出版社,1990)
「奥之院諸大名石塔記並御宿坊附・御知行附」(文政5年(1822年)奥書、『高野山古絵図集成』(日野西真定 編著, 清栄社,1988)に収録)に基づき、主な供養塔について連記したもの。
p152下段10行目 (毛利)松平大善大夫
p156下段17行目 毛利市正(引用者注:吉敷毛利家か)
p157下段1行目 小早川隆景
p161上段3行目 毛利甲斐守(引用者注:長府毛利家か)

『戦国武将と高野山奥之院』(木下浩良,朱鷺書房,2014)
奥之院で著者が実際に碑文等を調査・確認した124人の石塔を紹介した資料。なお、すべての石塔が調査対象とはなっていないとのこと。
p134-136 吉川元春
p136-137 吉川元長
p155-157 小早川隆景
p157-159 小早川隆景夫人問田大方
回答プロセス
(Answering process)
リサーチ・ナビにて、「高野山」「納骨」「分骨」「墓」で検索、「高野山 墓」で以下の事例がヒット

高野山の奥の院に、歴史上に名を残す人のお墓が多数あるが、その配置図が知りたい。(大阪市立中央図書館)
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000109536
紹介されている資料では『高野山を歩く旅』を所蔵。p28に奥の院参道図があり、「長州毛利家供養塔」がみえる。

NDLサーチにて「高野山 奥の院(奥之院)」で検索、以下がヒット

「〈奥の院〉と著名人のお墓 : 戦国武将を中心として」木下 浩良,大法輪 82(5),2015-05 p.132-135」
小早川隆景及び問田大方(といたのおおかた、隆景夫人)が逆修(生前に葬儀を行うこと)して造立した五輪塔について記述がある。また、関係資料として『高野山民俗誌奥の院編』(未所蔵)、『続紀伊国風土記』が紹介されている。後者はNDLデジタルコレクションに収録。

Webcatplusminusにて、「高野山 奥の院」で検索、ヒットした資料のうち、『高野山名所図会』(NDLデジタルコレクション収録)に「奥の院の重なる墓碑と諸遺跡」の項あり。

Cinii Articlesにて「奥之院(奥の院) 高野」で検索、以下の論文がヒット
坂本亮太「文献史料からみる高野山への納骨」(「季刊考古学」 (134),p30-33, 2016-2)
表1「記録にみる高野山への納骨」(11世紀~16世紀)あり。納骨者の中に大内氏なし。

「歴読散歩 高野山奥之院 戦国武将の供養塔 群雄割拠の墓碑めぐり」 (「歴史読本」56(12), p14-17, 2011-12)
地図中に「長州毛利家の供養塔」が見える。

ブラウジング中に『近世大名墓の成立』を発見、参考文献として『戦国武将と高野山奥之院』(未所蔵)が紹介されている。

『高野山民俗誌奥の院編』、『戦国武将と高野山奥之院』は書誌情報のみ回答者に紹介。県内に所蔵があったため、後日取り寄せて中身を確認。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
中国地方  (217 9版)
寺院.僧職  (185 9版)
参考資料
(Reference materials)
1.大名墓研究会 編 , 大名墓研究会. 近世大名墓の成立 : 信長・秀吉・家康の墓と各地の大名墓を探る. 雄山閣, 2014.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025840193-00 , ISBN 9784639023289 (p22-23)
2.高野山を歩く旅 : 世界文化遺産山上の伽藍と高野七口をめぐる特選9コース&高野山の宿坊. 山と溪谷社, 2009. (エコ旅ニッポン ; 6)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010869289-00 , ISBN 9784635600422 (p28)
キーワード
(Keywords)
大内(氏)
毛利(氏)
大内(家)
毛利(家)
高野山; 金剛峰寺
墳墓--日本--歴史
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000235688解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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