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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000233214
提供館
(Library)
北海道立図書館 (2110028)管理番号
(Control number)
北方 17-0086
事例作成日
(Creation date)
2018/01/20登録日時
(Registration date)
2018年03月26日 00時30分更新日時
(Last update)
2018年03月26日 00時30分
質問
(Question)
明治から昭和初期にかけて石狩にあった「石狩座」について、次の事実確認と個人の詳細な情報を知りたい。
1 戦前に石狩座で歌舞伎の公演があったのではないか。
2 そこに出演していた「ナカムラカメノスケ」という歌舞伎役者が石狩出身ではないか。

調査済み資料
・『石狩町誌 下』p.381 石狩座についての記述あり
・『石狩市年表 石狩市史資料集 1』
 p.120 「1910.8.8 石狩座において、琵琶の演奏会が催された」との記述あり
・『石狩百話』p.348~352 「石狩座で青年団のライブ」の記述あり
・『北海道新聞』朝刊道央   1997年4月2日 「『本町地区集会所』計画」
  「石狩座」についての記述あり
・『北海道新聞』朝刊地方版 2008年8月19日 「石狩の昔話高齢者から話を聞く会」
 「父親が石狩座の経営者だった渡辺吉昭さんが、かつての街の賑わいなどを語る」との記述あり。
・「石狩座での歌舞伎講演」および「ナカムラ カメノスケ」については、資料を見つけられず、上記資料にも記述なし。
回答
(Answer)
(1次回答)
1 石狩座について

雑誌『いしかり暦』 通巻7号(回答資料1)
p.1-3 青木隆「『石狩座』について」
歌舞伎公演や「ナカムラカメノスケ」についての情報なし。

その他、
・北海道の演劇の歴史に関する資料には、手がかりを確認できず。
・『石狩町誌 下巻』、『石狩百話』等に「石狩座」という名称で芝居小屋が復活したのが昭和5、6年ごろとの情報があり、北方資料室所蔵の昭和1桁年代の新聞年鑑を見るが、手掛かりはつかめず。
『北海道年鑑』昭和5年、昭和7年
『北海道樺太年鑑』昭和9年版
・歌舞伎の人名辞典類にもあたるが、「ナカムラカメノスケ」と読めそうな人物の情報は見つからない。

「札幌市公文書館所蔵資料検索」(2018/01/20最終確認)
http://archives.city.sapporo.jp/Culture/
新聞切り抜き  「石狩座」、「歌舞伎」 該当記事ヒットせず。

(2次回答)
1 石狩座について
 石狩座について、歌舞伎公演が行われていたことなど、詳しいことは分からなかった。
・『石狩・銭函・軽川・琴似案内』 1927.10 (回答資料2)
1927(昭和2)年発行の資料だが、広告のような形で「石狩町 石狩座」の表示のみあり。


2 中村亀之助について
いくつかの資料から、歌舞伎役者の「中村亀之助」が軽川(今の札幌市手稲区手稲本町)を本拠とし、中村亀之助一座として全道を巡業していたらしいことは分かったが、その出身地や、石狩座で公演を行っていたかなど詳しいことは不明。

・『北海道の文化』 通巻69号 (回答資料3)
p.2-9 武井時紀「北海道における歌舞伎について」の記事あり。
 「中村亀之助」が軽川(現札幌市)を本拠としたとある(p.3)が、それ以上の情報なし。
・『新琴似百年史』 (回答資料4)
p.955 新琴似歌舞伎の中心人物田中松次郎が「若松館」を創設した際、?落としに、広く全道を巡業していた手稲村軽川在住の歌舞伎役者である中村亀之助一座を招いたことが記される。
p.954-955 田中松次郎が劇場開設願いを札幌警察署長宛提出したのが明治43年12月。

そのほか、札幌の市史、手稲区の地域史、札幌の文化関係の資料、人物文献等にあたったが、それ以上の手がかりはつかめず。

・「北方資料デジタル・ライブラリー」(2018/01/20最終確認)
http://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/
  「中村亀之助」、「軽川」 改めて検索するが関連資料等ヒットせず
・「札幌市公文書館所蔵資料検索」
新聞切り抜き  「中村亀之助」、「軽川」 改めて検索するが該当記事ヒットせず。
・「日経テレコン」(新聞記事検索)(契約データベース)
  『北海道新聞』『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』 (設定:全期間。新聞により検索対象期間異なる)   「中村亀之助」ヒット無し。「軽川×歌舞伎」

・『新聞に見る石狩・厚田・浜益歴史年表』明治34年
当館で明治11年~明治34年について所蔵。明治34年のみ目を通したが、手がかりはつかめなかった。
該当する年代がわからないが、石狩市でも所蔵あるので、見てみるのも一手かと調査を勧める。

また、改めて札幌の演劇関係の資料を見る中で、次の資料を確認。

・『札幌演劇史小論』中村 美彦著 (回答資料5)
「2新琴似歌舞伎と中村亀之助」の中で、中村亀之助に関する聞き書きがあり(p.11-15)、
筆者は亀之助を「手稲村軽川にも石狩にも住んでいたことのある旅回りの役者と断定したい」と記している。
また、巻末に追記があり、田中實氏の言として、明治39年の町資料によると、当時の石狩町大字親船町北17番地に、明治10年生まれの中村清太郎という人物が記録されていることが紹介されている。
ただし、「中村亀之助は芸名かもしれないし、清太郎が同一人物と認められる根拠はなにもないが、新琴似歌舞伎の創始者とは同一年齢だ」としている。
回答プロセス
(Answering process)
以下の資料も参考とした。
1 『北海タイムス年鑑 昭和14年度版』
(北海タイムス社∥編 北海タイムス社 1938 請求記号:059/HO/S14 資料ID:1102237219
「趣味・娯楽」に演芸家来道一覧あり、歌舞伎公演もあるが、会場等、関連情報なし。)
2 『北海タイムス年鑑 昭和15年度版』
(北海タイムス社∥編 北海タイムス社 1939 請求記号:059/HO/S15 資料ID:1102237235)
3 『北海タイムス年鑑 昭和16年版』
(北海タイムス社∥編 北海タイムス 1940 請求記号:059/HO/S16 資料ID:1102237268)
4 『北海道演劇年表(1783?2000)』
(鈴木 喜三夫∥著 留萌市文化団体協議会 2001.5 請求記号:770.3/HO/イ
資料ID:1106905316 関連情報なし)
5 『北海道演劇名鑑』
(道銀文化財団 1996 請求記号:770.3/HO 資料ID:1111082762 「北海道演劇小史」
関連情報なし)
6 『北海道演劇史稿』
(北海道演劇史編集委員会∥編 北海道演劇協議会 1973 請求記号:772.1/HO
資料ID:1103262273 関連情報確認できず)
7 『石狩町誌 下巻』
(石狩市∥編 石狩町 1997 請求記号:215.54/I/3-イ 資料ID:1108997113 
(照会者調査済)p.381本町地区で明治30年代に「北の亭」「高田屋」の寄せ場があった。
昭和5,6年ごろ、「北の亭」が「石狩座」として復活、昭和41年まで演芸会場として親しまれた。)
8 『石狩百話』
(鈴木 トミエ∥編 共同文化社 1996.9 請求記号:215.54/I/ロ 資料ID:1108984251
(照会者調査済)p.348~352第五九話 弁天町に「石狩座」あった由。番屋か倉庫だったものを
大正末ごろ改造して芝居小屋にし、渡辺吉三郎が昭和5,6年ごろに譲り受けて石狩座と名づけ
た。)
9 『ていねのまち』
(手稲中央連合町内会創立 40周年行事実行委員会∥編 手稲中央連合町内会創立40周年行事
実行委員会 1994 請求記号:215.61/TE 資料ID:1101058350 
軽川地区関係を見るが、手がかり無し。)
10 『手稲歴史年表』
(手稲郷土史研究会∥編集 手稲郷土史研究会 2010.1 請求記号:215.61/TE
資料ID:1109785301 手がかり無し。)
11 『O.tone オトン 第8巻第2号通巻52号』
(あるた出版 2013.2 請求記号:Z107 資料ID:1210917967 
p.60-61「古地図と歩く」軽川を取り上げるが、手がかりなし。)
12 『新聞に見る石狩・厚田・浜益歴史年表 明治34年』
(鈴木 トミエ∥編著 石狩市地方史研究会 2011.3 請求記号:215.54/SH 
資料ID:1110233259)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
歌舞伎  (774 7版)
参考資料
(Reference materials)
1 いしかり暦 通巻7号 石狩町郷土史研究会 1988.9 Z304 p.1-3青木隆「『石狩座』について」歌舞伎公演や「ナカムラカメノスケ」についての情報なし。

2 石狩・銭函・軽川・琴似案内 交益社∥編 交益社 1927.10 P291.55/I 広告のような形で「石狩町 石狩座」の表示のみあり。

3 北海道の文化 通巻69号 北海道文化財保護協会 北海道文化財保護協会 1961 Z304 p.2-9武井時紀「北海道における歌舞伎について」中村亀之助が軽川(現札幌市)を本拠としたという記述あるが、それ以上の情報無し。

4 新琴似百年史 新琴似百年史編纂委員会∥編 新琴似開基百年記念協賛会 1986.5 215.61/SH/ロ p.955「田中松次郎が『若松館』を創設」の項の中で、若松館の「コケラ落としには広く、全道を巡業していた手稲村軽川在住の歌舞伎役者である中村亀之助一座を招いた。」

5 札幌演劇史小論 中村 美彦∥著 中村美彦 1985 772.1/NA 「2新琴似歌舞伎と中村亀之助」の中で、中村亀之助に関する聞き書きがあり(p.11-15)、筆者は亀之助を「手稲村軽川にも石狩にも住んでいたことのある旅回りの役者と断定したい」と記している。また、巻末に追記として田中實氏の言として、明治39年の町資料によると、当時の石狩町大字親船町北17番地に、明治10年生まれの中村清太郎という人物が記録されていることが紹介されている。

1 北海タイムス年鑑 昭和14年度版 北海タイムス社∥編 北海タイムス社 1938 059/HO/S14 「趣味・娯楽」に演芸家来道一覧あり、歌舞伎公演もあるが、会場等、関連情報なし。

2 北海タイムス年鑑 昭和15年度版 北海タイムス社∥編 北海タイムス社 1939 059/HO/S15

3 北海タイムス年鑑 昭和16年版 北海タイムス社∥編 北海タイムス社 1940 059/HO/S16

4 北海道演劇年表(1783?2000) 鈴木 喜三夫∥著 留萌市文化団体協議会 2001.5 770.3/HO/イ 関連情報なし

5 北海道演劇名鑑 道銀文化財団 1996 770.3/HO 「北海道演劇小史」関連情報なし

6 北海道演劇史稿 北海道演劇史編集委員会∥編 北海道演劇協議会 1973 772.1/HO 関連情報確認できず

7 石狩町誌 下巻 石狩市∥編 石狩町 1997 215.54/I/3-イ (照会者調査済)p.381本町地区で明治30年代に「北の亭」「高田屋」の寄せ場があった。昭和5,6年ごろ、「北の亭」が「石狩座」として復活、昭和41年まで演芸会場として親しまれた。

8 石狩百話 鈴木 トミエ∥編 共同文化社 1996.9 215.54/I/ロ (照会者調査済)p.348~352第五九話 弁天町に「石狩座」あった由。番屋か倉庫だったものを大正末ごろ改造して芝居小屋にし、渡辺吉三郎が昭和5,6年ごろに譲り受けて石狩座と名づけた。

9 ふるさといしかり 石狩町社会教育部生涯学習課文化財係∥編 石狩町教育委員会 1994 215.54/I/イ 関連情報なし

10 歌舞伎人名事典 野島/寿三郎?編 日外アソシエーツ 2002.6 774/KA (一般資料)

11 北海道年鑑 昭和5年 北海出版社∥編 北海出版社 1929 059/HO/S5 目次から「芸術」の「演劇」の項みるが手掛かり無し。

12 北海道年鑑 昭和7年 北海出版社∥編 北海出版社 1932 059/HO/S7

13 北海道樺太年鑑 昭和9年版 小樽新聞株式会社∥編 小樽新聞 1934 059/HO/S9-イ 「趣味」に歌舞伎の項無し

14 さっぽろ文庫 25 札幌の演劇 札幌市教育委員会∥編 札幌市 1983 081.2/SA/25-イ

15 さっぽろ文庫 7 札幌事始 札幌市教育委員会∥編 北海道新聞社 1979 081.2/SA/7-イ 関連情報の手掛かりなし。

16 新札幌市史 第8巻-2 年表・索引編 札幌市∥編集 札幌市 2008.3 215.61/SA/8-2-イ 「中村亀之助」索引になし。

17 新札幌市史 第3巻 通史 札幌市教育委員会∥編集 札幌市 1994 215.61/SA/3 p.162明治33年に、村上藤吉が劇場(共魁館)の設立を出願していることが記されている。明治34年ごろの軽川市街の様子について、『札幌郡調』から劇場1か所があったことを紹介。p.781~788演劇に関する記述の中に、関連情報の手がかり無し。

18 新札幌市史 第4巻 通史 札幌市教育委員会∥編集 札幌市 1997 215.61/SA/4 p.159手稲村の様子として、軽川市街地の発展について触れる。大正13年には各種集会、興行に利用された軽川倶楽部が作られたとあり。以上の手がかり無し。

19 手稲町誌 下巻 手稲町誌編纂委員会∥編 土肥 次男∥編集 札幌市 1968 215.61/TE/2-イ p.1790「手稲の娯楽」 昔、石狩通いの旅芸人が途中軽川に止まって、旅銭稼ぎの興行を行っていたことがある旨記述あるが、それ以上の手がかり無し。

20 手稲でみつけた手稲のはなし 手稲の語り部編集委員会∥編集 札幌市手稲区 2000.3 215.61/TE 軽川地区の賑わいについて語られるも、手がかり無し。

21 ていねのまち 手稲中央連合町内会創立40周年行事実行委員会∥編 手稲中央連合町内会創立40周年行事実行委員会 1994 215.61/TE 軽川地区関係を見るが、手がかり無し。

22 手稲歴史年表 手稲郷土史研究会//編集 手稲郷土史研究会 2010.1 215.61/TE 手がかり無し。

23 O.tone オトン 第8巻第2号通巻52号 あるた出版 2007 Z107 p.60-61「古地図と歩く」軽川を取り上げるが、手がかりなし。

24 新聞に見る石狩・厚田・浜益歴史年表 明治34年 鈴木 トミエ∥編著 石狩市地方史研究会 2011.3 215.54/SH
キーワード
(Keywords)
歌舞伎
石狩
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事項調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000233214解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決