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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000222284
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
3A17004222
事例作成日
(Creation date)
2017年04月25日登録日時
(Registration date)
2017年09月21日 00時30分更新日時
(Last update)
2017年12月06日 00時30分
質問
(Question)
田島レンズの生みの親、石田太次郎について知りたい。
丹波に行って、レンズ研きの修行をして、技術を田島に持ち帰ったそうだが、なぜ、レンズに目を付けたのか、なぜ丹波だったのか。また、どういう生い立ちであったか。
回答
(Answer)
石田太次郎は、天保2(1831)年3月に田島に生まれ、幼い頃右脚をいためて家業を継ぐことが難しくなったため、丹波で眼鏡レンズ製造技術を習得し、田島に帰った後、安政4(1857)年5月に眼鏡製作を始めたようです。

『大阪人物辞典』(三善 貞司/編 清文堂出版 2000.11) 
p.77「石田太次郎(いしだたじろう」の項目があります。
石田太次郎は、天保2(1831)年、農耕を生業とする庄屋の家に生まれ、「幼児小児麻痺に罹り、右足が不自由だった。人一倍負けず嫌いで他人の世話になることを拒んだ彼は、力仕事に代わって手先でできる技術を身につけたいと思い、同家の女中から出身地の丹波では眼鏡づくりが盛んだとの話を聞いて、力づけられる」との記載があります。また、没年は不明であること、生涯結婚せず跡継ぎもいなかったが、甥の石田徳松が浅草寺町で眼鏡レンズ製造業を営んでいること、田島神社に「石田太次郎顕彰碑(大正2年建)」があることが記載されています。

・大阪市ホームページ:生野区のモノづくりの歴史
http://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/page/0000160822.html  (2017.9.19確認)
「(1)農家の副業」に眼鏡製作について記述があります。石田太次郎については書かれていませんが、参考資料として以下の資料『眼鏡の歴史』が挙げられています。

『眼鏡の歴史』 (大坪元治/著 日本眼鏡卸組合連合会発行 1960年刊)
p.156-160「レンズ界の先覚とその発達」の項に石田太次郎について田島村の名主石田家に生まれ、故郷を離れてレンズ研磨技術を学び、帰郷後に眼鏡レンズ産業に貢献し、のちに田島神社内に貢献に感謝する碑が建てられたこと、石田太次郎に関する史料や伝承、記録が全くといっていいほど残っていないことが記載されています。

この資料は国立国会図書館デジタル化資料送信サービス参加図書館の館内でもご覧いただけます。
・国立国会図書館デジタルコレクション:『眼鏡の歴史』(大坪元治 著 日本眼鏡卸組合連合会, 1960)(図書館送信参加館内公開)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2493678 (2017.9.19確認)
83-84コマ目が上記p.156-160にあたります。

『生野郷土誌』(大阪市小学校教育研究会生野区支部社会科研究部/編 大阪市小学校教育研究会生野支部, 1952.4)
p.7 「田島レンズ家内工業の起源と発達について」のうち「A 起源:1.石田太次郎」の項があり、石田太次郎についての記述があり、伝記にあたるようなものが見当たらないことや、田島神社境内に碑があり、碑文によると太次郎が田島村で眼鏡製作を始めたのは安政4(1857)年5月であることなどが記載されています。

『生野区誌』(生野区創設十周年記念事業実施委員会/編輯 大阪市生野区役所, 1953)
p.145-146 「レンズ」の項に、田島村の農家に生まれた石田太次郎が丹波で眼鏡レンズの製作技術を習得し、安政4(1857)年5月に24歳で創業、後にその技術を習う者が増え、産業組合を経て共同販売組合ができた旨が記載されています。

『輸出向中小工業叢書 第3輯 眼鏡レンズ類』(大阪府立商工経済研究所, 1956)
「三、小史」項のうちp. 8に、農家に生まれた「石田多(ママ)次郎」が幼い頃に頃右脚の自由を失い、農業に従事できなかったため、眼鏡製造の技術を習得して、安政4(1857)年に田島で製造を始めたことや、田島の産業である綿作の衰えにより、代替として眼鏡製造業が発展していった旨の記載があります。

『東成郡誌 上巻』(東成郡役所/編 名著出版, 1972)
「第三編 生野村:第三 産業」のうち、p.494 「工業」の項に、「石田大(ママ)次郎」が天保2(1831)年3月(没年不明)に庄屋の家に生まれたが、幼い頃に右脚の自由を失い、家業を継ぐことが難しいことから丹波で眼鏡製作を習い、安政4(1857)年に田島で眼鏡製造を始めたこと、年々技術を学ぶ村民が増え、大正時代には年々巨額の生産額を生んだこと、また、大正2(1913)年に田島神社に石田大次郎の職德碑が建てられたことが記載されています。

『大阪春秋 -大阪の歴史と文化と産業と- 第41号 特集大阪の伝統産業』(大阪春秋社, 1984) 
p.100-103に「小・中学生のための大阪歴史読本(31) 田島レンズの業祖 石田太次郎」の記事があり、天保2(1831)年3月に農家に生まれた石田太次郎が、幼い頃に右足をいためて農業ができなかったため、丹波で眼鏡製作技術を学び、26歳の時田島に帰ってきた旨の記載があります。
また、眼鏡製造が始まった当初のレンズ製造方法や、昭和40年代頃までの田島の眼鏡レンズ産業が発展していった経緯についても記載があります。

『生野の民話』 (堀井 守三/編著作 [大阪市]生野区役所, 2000.3(改訂)) 
p.7-8「第四話 田島のめがね」の項に、石田太次郎について、歩くのが不自由なため田畑で働けず丹波で眼鏡製造技術を習得し、やがて眼鏡製造が田島村の家庭産業に発達したこと、大正2(1913)年には田島に電力による初めての眼鏡工場ができたこと、例年十一月一日には田島神社境内で『謝徳の碑』に刻まれた石田太次郎の功績に対する感謝祭を催すことが記載されています。
また、田島中学校の校歌に「レンズ産業ひらきたる、人の意力をしのびつつ」と歌われている旨の記載があります。

『広報いくの -ふれあい ぬくもり なかま』 2001年2月([大阪市]生野区役所区民室 2001年)
p.8 田島神社内の「眼鏡レンズ発祥之地」記念碑について写真入りで紹介されています。
回答プロセス
(Answering process)
1. 国立国会図書館レファレンス協同データベース「生野区の田島のレンズについて知りたい。」( http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000045817 )(2017.9.19確認)掲載の資料を再調査(資料1-8)

2.人物辞典を確認し、資料9が見つかる。

3.丹波と眼鏡に関わりがあるか、眼鏡に関する図書を調査し、資料10、11が見つかる。
事前調査事項
(Preliminary research)
大阪市生野区ホームページ「生野ものしり辞典」( http://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/page/0000000045.html )(2017.9.19確認)の『田島のめがねレンズ』や、レファレンス協同データベース「生野区の田島のレンズについて知りたい。」( http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000045817 )(2017.9.19確認)は確認済みだが、掲載されている参考資料はまだ見ていない。
NDC
日本  (291 9版)
精密機器.光学機器  (535 9版)
参考資料
(Reference materials)
当館書誌ID <0080248423>  生野郷土誌 大阪市小学校教育研究会生野区支部社会科研究部/編 大阪市小学校教育研究会生野支部 1952.4  (資料1)
当館書誌ID <0000244943>  生野区誌 生野区創設十周年記念事業実施委員会/編輯 大阪市生野区役所 1953  (資料2)
当館書誌ID <0000591497>  輸出向中小工業叢書 第3輯 眼鏡レンズ類(経研 No.96)  大阪府立商工経済研究所 1956  (資料3)
当館書誌ID <0070093555>  東成郡誌 上巻 東成郡役所/編 名著出版 1972  (資料4)
当館書誌ID <0070080523>  日本地誌 第15巻 大阪府・和歌山県 日本地誌研究所/編 二宮書店 1977  (資料5)
当館書誌ID <0090000392>  大阪春秋 -大阪の歴史と文化と産業と- 第41号 特集大阪の伝統産業  大阪春秋社 1984  (資料6)
当館書誌ID <0000816588>  生野の民話 堀井 守三/編著作 [大阪市]生野区役所 2000.3(改訂)  (資料7)
当館書誌ID <5200000983> [雑誌製本] 広報いくの -ふれあい ぬくもり なかま- 2001年1月-2006年12月号 / 55号-126号 [大阪市]生野区役所区民室/編集 [大阪市]生野区役所区民室 2001.01-2006.12  (資料8)
当館書誌ID <0000832804>  大阪人物辞典 三善 貞司/編 清文堂出版 2000.11 9784792404994 (資料9)
大阪市:生野区のモノづくりの歴史  http://www.city.osaka.lg.jp/ikuno/page/0000160822.html  (2017.9.19確認)(資料10)
国立国会図書館デジタルコレクション:『眼鏡の歴史』(大坪元治 著 日本眼鏡卸組合連合会, 1960)(図書館送信参加館内公開)  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2493678  (2017.9.19確認)(資料11)
キーワード
(Keywords)
大阪府大阪市生野区
田島
眼鏡
レンズ
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000222284解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決