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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000219544
提供館
(Library)
愛媛県立図書館 (2110043)管理番号
(Control number)
2017-07
事例作成日
(Creation date)
2016年10月12日登録日時
(Registration date)
2017年07月30日 14時20分更新日時
(Last update)
2017年11月14日 15時38分
質問
(Question)
天岸季寧は昇安の養子か、椒玄(恵廸)の養子か知りたい。
回答
(Answer)
【資料1】季寧が昇安の養子であることが明記されている。(p134)以下一部抜粋
 名は應=、通称は椒玄。容堂と号した。
 天保11年(1840)8月没(57才)
 墓は城北山越の長建寺にあり
 その養子に天岸季寧がある。通称は椒玄、静里と号した。
 天岸昇安に才名を知られ、養子となり、周明して椒玄と称し、松山候の侍医となった。

【資料2】p174「松山侍医有容堂天岸君墓表」の末尾に「東奥安積信撰 淡海=研書 孝子恵迪立石」とある。文中に何度か「恵廸」はあるが、「季寧」はない。

【資料3】文化4年(1807)の分限帳:二百石-天岸昇安 文化6~7年(1823)の分限帳:二百石-天岸椒玄

【資料4】寛政元年(1789)御側医師 一七〇石天岸昇安 
     嘉永五年頃(1852)御側医師 本科二〇〇石天岸椒玄
     安政六年頃(1859)御側医師 二〇〇石天岸椒玄
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
愛媛県生涯学習センターのDB「えひめの記憶」で昇安の養子になったことを確認。
東京三田済海寺の天岸昇安墓碑には恵迪を養子と刻されている。
季寧の遺構をまとめた「静里遺構」にある、藤野正啓撰の季寧墓碑銘には椒玄(恵廸)の養子のように記されている。
NDC
個人伝記  (289)
四国地方  (218)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『伊予偉人録』(愛媛県文化協会 1936年)<当館請求記号K490-6>
【資料2】『予陽叢書 第6巻 松山叢談』(臨川書店 1973年)<当館請求記号K200-2-6>
【資料3】『医界風土記 中国・四国篇』(思文閣出版 1994年)<当館請求記号K490-6>
【資料4】「愛媛県史 社会経済6 社会」(愛媛県生涯学習センターDB「えひめの記憶」)
キーワード
(Keywords)
天岸季寧(あまぎし きねい)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
【資料2】~【資料4】は関連資料として紹介。
天岸季寧は、文政12年~明治18年、松山藩医。
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000219544解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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