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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000219399
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中-郷土-101
事例作成日
(Creation date)
2017年7月1日登録日時
(Registration date)
2017年07月28日 09時51分更新日時
(Last update)
2017年09月28日 17時26分
質問
(Question)
尾形光琳(おがたこうりん)の墓について調べている。
回答
(Answer)
尾形光琳(1658-1716)は,江戸時代の画人です。琳派を大成した人物でもあり,代表的な作品として「風神雷神図屏風」や「紅白梅図屏風」などがあります。

光琳の墓は2つ存在しています。一つは光琳(尾形家)一族の墓,もう一つは画家・酒井抱一(さかいほういつ)が建立した墓です。場所については,以下のように変遷していきます。
光琳は亡くなった後,現在の京都市上京区にあったとされる宿坊の興善院に葬られました。その後,興善院は墓のみを残してなくなり,墓は妙顕寺(みょうけんじ)の塔頭・本行院の管理下に入りますが,その本行院もなくなり,京都市上京区の妙顕寺総墓地に移されました。さらに,昭和37年(1962)には,妙顕寺総墓地から妙顕寺の塔頭・泉妙院へ墓を移し供養塔も建立されました。
また,酒井抱一は文政2年(1819)に本行院跡(妙顕寺の塔頭・善行院)に墓を建立しました。【資料8~10】

なお,【資料2】によると,妙顕寺の塔頭・泉妙院に光琳一族の墓と酒井抱一が建立した墓が並んでいるとあります。

墓の写真
白黒・・・【資料2】「尾形光琳墓」
     【資料5】「図15 泉妙院の尾形光琳墓所」,「図16 酒井抱一修覆の光琳墓」など
     【資料8】尾形家の注に「光琳および一族の墓」
     【資料10】「泉妙院境内に建立されている尾形光琳一族の墓」
     【資料11】「尾形光琳の墓―寺ノ内通新町西入ル妙顕寺本院内善竹院―」
カラー・・・【資料7】「尾形光琳の墓所(泉妙院)」
回答プロセス
(Answering process)
●墓の所在などを調べるために,【資料1】を確認
 p136~137「尾形光琳」項に,“墓所は上京区寺之内新町の妙顕寺”とある。
 p892~893「妙顕寺」項に,“尾形乾山・光琳兄弟の墓がある”。

●墓の所在より,京都市上京区地域の資料を確認
 【資料2】p14“妙顕寺”項に,東隣の塔頭泉妙院に,光琳の百回忌の文政2(1819)年に酒井抱一が立てた墓があること,また,寺内の総墓地から移された光琳一族の墓と並んでいるとある。
 墓石に書かれている文字の記載がある。

●京都市図書館の所蔵を検索
 キーワード“尾形光琳”
 【資料3】年表の享保1年(1716)に,“六月二日没。妙顕寺興善院に葬られる。”とある。
 【資料4】p40“菩提寺の妙顕寺興善院に葬られた”とある。
 【資料5】明治時代に三越呉服店が,泉妙院の光琳の墓所を90年間に渡って永代供養する契約を結んだ話や,当時の墓の様子の記述がある。
 キーワード“妙顕寺”
 【資料6】光琳が妙顕寺の檀信徒であることや,塔頭寺院の一つに墓があるが非公開とある。
 キーワード“琳派”
 【資料7】p174妙顕寺の紹介の中で,塔頭の泉妙院に光琳と弟・乾山の墓があり,門の外から眺めることができるとある。

●京都の地誌を確認
 【資料8】p167妙顕寺の“尾形光琳墓”項に,善行院の南と,妙泉院の境内の2ヶ所にあることと,設置の経緯がある。
 【資料9】p58妙顕寺の“尾形光琳墓”項に,酒井抱一が再建した墓が,“方丈の東,塔頭善行院の南隣り”にあるということや,墓の素材や表面に書かれている文字についても記述がある。
  なお,光琳が亡くなった後,“妙顕寺の塔頭本行院の墓地に葬ったが,その後,院は廃止され墓のみが残った”とある。
  また,“境内西北隅にある総墓地内,中央祭場の北側に,尾形家一族の塋域があって,そこにも光琳の墓や父宗謙・弟乾山等の墓がある”とある。

●墓碑関連の資料を確認
 【資料10】墓の場所の変遷があり,特に泉妙院の墓については,“昭和三十七年,総墓地より古い墓を移し,さらに同五十七年有志の人々によって,光琳・乾山両人の供養塔(宝塔)が建立され”とある。
 【資料11】墓が“妙顕寺本院内の善竹院墓地にある”ことや,墓に書かれている文字の記載がある。
 【資料12】p87尾形乾山(けんざん)の注に,尾形家の菩提寺の変遷とともに墓も,興善院,本行院,泉妙院となったとある。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 9版)
日本画  (721 9版)
近畿地方  (216 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『京都大事典』(佐和 隆研/[ほか]編集 淡交社 1984)p136~137“尾形光琳”,p892~893“妙顕寺”
【資料2】『上京区の史蹟百選』(上京区文化振興会/編 上京区民ふれあい事業実行委員会 1999)p14“妙顕寺”
【資料3】『尾形光琳』(尾形 光琳/[画] 新潮社 1996)p93“一七一六 ”
【資料4】『もっと知りたい尾形光琳』(仲町 啓子/著 東京美術 2008)p40
【資料5】『生きつづける光琳』(玉虫 敏子/著 吉川弘文館 2004)p80~82
【資料6】『非公開文化財特別公開ガイドブック 京の冬の旅 第49回』(京都市観光協会/[編] 京都市観光協会 [2015])p18~19“妙顕寺”
【資料7】『花ひらく琳派』(京都新聞出版センター/編 京都新聞出版センター 2016)p174
【資料8】『昭和京都名所図会 5 洛中』(竹村 俊則/著 駸々堂出版 1984)p167“尾形光琳墓”
【資料9】『新撰京都名所図会 巻3』(竹村 俊則/著 白川書院 1962)p58“尾形光琳墓”
【資料10】『京の墓碑めぐり』(竹村 俊則/著 京都新聞社 1985)p112~144“41 尾形光琳”
【資料11】『京の墓』(真下 五一/著 朝日新聞社 1969)p160~161“尾形光琳”
【資料12】『京の名墓探訪』(高野 澄/文 淡交社 2004)p87注“尾形乾山”
キーワード
(Keywords)
尾形光琳
妙顕寺
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 所蔵調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000219399解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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