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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000211683
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2016-135
事例作成日
(Creation date)
2016年04月23日登録日時
(Registration date)
2017年03月14日 18時42分更新日時
(Last update)
2018年01月18日 16時07分
質問
(Question)
豊臣秀吉の正妻「おね」の生年月日を知りたい。
回答
(Answer)
生まれ年について天文11年説、天文17年説、天文18年説と諸説あることが分かったが、月日は分からなかった。

『北政所と淀殿 豊臣家を守ろうとした妻たち 歴史文化ライブラリー』(小和田哲男著 吉川弘文館 2009)
 p8-9「おね 生年と出自」に「各種歴史辞典および人名辞典で北政所または高台院の項を引くと、天文十七年(1548)の生まれとするものが多く、定説として受け入れられているが、出典の論及がない。田端泰子氏は、『寛政重修諸家譜』巻第三百九(浅野家系譜)八十三歳で逝すとの記述から天文十一年生まれとした上で、浅野家系譜の注記「寛永の木下系図76に作る」より七十六歳で没したとの天文十八年生まれの異説を紹介している。(『北政所おね』引用)田端氏は、秀吉との結婚の時期からみて天文十一年の可能性が高いとしているが、「義演准后日記」に、木下家定をおねの舎兄と記され、家定の生まれは天文12年なので、天文十一年誕生説には従えないと考える。従来の通説天文十七年生まれとしておきたい。」

1 天文17年(1548年)説
『豊臣秀吉のすべて』(桑田忠親編 新人物往来社 1981)
 p269「於禰(おね)」に「杉浦助左衛門定利の次女として、天文十七年(1548)に生まれ。(中略)寛永元年九月六日死去、享年七十七。」とあり。

『秀吉の生涯』(渡辺世祐著 新人物往来社 1971)
 p133「北政所」に「天文十七年戌申に生まれ、永禄四年八月三日に太閤と結婚した。」とあり。

『北政所 秀吉歿後の波瀾の半生 中公新書』(津田三郎著 中央公論社 1994)
 p8「秀吉とねね」に「北政所は天文十七年(1548)、尾張国春日井郡朝日村(現・愛知県西春日井郡清洲町)で誕生したといわれている。(註 高台寺ならびに足守藩木下家の記録類に依る。)」とあり。

『女性の名書簡』(桑田忠親著 東京堂出版 1970)
 p75「豊臣秀吉正室高台院自筆消息(1)」解説
 「おねは、天文十七年(一五四八)に生まれ、永禄四年(1561)の八月三日、十四歳で、当時、二十五歳で木下藤吉郎と称していた秀吉と結婚している。」

2 天文18年(1549年)説
『国史大辞典 5 け-こほ』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1985)
 p427「こうだいいいん 高台院」に「1549-1624 豊臣秀吉の夫人。北の政所といわれた。天文十八年(1549)生まれる。幼名はねね(禰々)(中略)寛永元年(1624)九月六日七十六歳(『寛政重修諸家譜』三百九では八十三歳)で没した」とあり。

『北政所おね 大坂の事は、ことの葉もなし ミネルヴァ日本評伝選』(田端泰子著 ミネルヴァ書房 2007)
 p4-5「おねの生まれた年」に「秀吉正室北政所の実名「ね」で、秀吉からは「おね」と呼ばれ(中略)晩年は高台院という院号で呼ばれた。彼女の没年は明確であるが、生年については様々な説がある。」
 p7「家定がおねの「舎兄」であるという義演の記載を信じれば、天文十八年生まれが妥当性を持つことになる」とあり。
回答プロセス
(Answering process)
1 参考図書を確認する
『国史大辞典 10』(吉川弘文館 1989)
 p458「とよとみひでよし 豊臣秀吉」に「正室ねい」とあり。生年月日の記述なし。

2 豊臣秀吉および「おね」の伝記を確認する
自館目録を〈豊臣秀吉〉で検索する。
『豊臣秀吉事典』(新人物往来社 1990)
 生年月日の記載なし。

自館目録を〈高台院〉で検索する。
『豊臣秀吉 岩波新書 青版171』(鈴木良一著 岩波書店 1983)
 p12「桶狭間の翌年26歳で結婚した。妻の名はお禰々、杉原助左衛門定利(のち木下肥後守)の次女で弓の衆浅野又右衛門長勝の養女、48年生れの14歳。」とあり。生まれ月の記述なし。

3 《google》( http://www.google.co.jp/ Google)を〈高台院〉で検索する。
《ウィキペディア》「高台院」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%8F%B0%E9%99%A2  ウィキメディア財団)の出典に以下の資料あり。
『女性の名書簡』(桑田忠親著 東京堂出版 1970)(回答資料)

ウェブサイトの最終アクセス日は2016年4月21日。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『北政所おね 大坂の事は、ことの葉もなし ミネルヴァ日本評伝選』(田端泰子著 ミネルヴァ書房 2007), ISBN 978-4-623-04954-7
『豊臣秀吉のすべて』(桑田忠親編 新人物往来社 1981), ISBN 4-404-01077-X
『秀吉の生涯』(渡辺世祐著 新人物往来社 1971)
『北政所と淀殿 豊臣家を守ろうとした妻たち 歴史文化ライブラリー 274』(小和田哲男著 吉川弘文館 2009), ISBN 978-4-642-05674-8
『北政所 秀吉歿後の波瀾の半生 中公新書 1197』(津田三郎著 中央公論社 1994), ISBN 4-12-101197-X
『女性の名書簡』(桑田忠親著 東京堂出版 1970)
『国史大辞典 5 け-こほ』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1985), ISBN 4-642-00505-6
キーワード
(Keywords)
高台院
北政所
おね
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000211683解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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