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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000210281
提供館
(Library)
千葉市中央図書館 (2210009)管理番号
(Control number)
千葉市中央093
事例作成日
(Creation date)
2017年2月8日登録日時
(Registration date)
2017年02月19日 14時57分更新日時
(Last update)
2017年07月13日 17時24分
質問
(Question)
現在の千葉県佐倉市にあった臼井城、その洲崎砦内にあったとされる、松雲寺という寺、また松雲寺以前そこにあった「部屋城」と呼ばれるものについて書かれた資料を探している。『臼井旧事録』という資料に記述があるらしい。
回答
(Answer)
1. 松雲寺は「臨済宗妙心寺派」の寺院で、「円應寺」の末寺であったようです。
2. 松雲寺が開山される前、そこには「部屋城」と呼ばれる屋敷があったようです。「部屋城」という呼称の来歴には、
(1)「臼井城主・臼井久胤が、原胤貞に実権を奪われ後の松雲寺辺に幽居したことにより、その邸宅を『部屋城』と呼ぶようになった」
(2)「従者の屋敷があったため『部屋城』と呼ぶようになった」
という二説があるようです。

『臼井旧事録』については下記回答プロセスの2.をご参照ください。
回答プロセス
(Answering process)
1. 「松雲寺」について
 寺の基本的な情報を収集する意図で、次の資料にあたりました。

(1) 『昔日佐倉拾遺録 1 人物・地域編』(内田 理彦/編 内田 理彦 2016.9)
 第2章第2節第2項「臼井地区と千代田地区にみえる臼井と千代田の神社仏閣」に、寺院の一覧表があり、その中に記載が見つかりました(p175)。「臨済宗妙心寺派(円應寺末寺)」「『利根川図志』に洲崎砦跡地部分に書かれている。円応寺塔頭。明治初に廃寺か」等とあります。

(2) 『大日本近世史料 諸宗末寺帳』(2巻 東京大学史料編纂所/編纂 東京大学出版会 1998.10)
1632, 1633(寛永9, 10)年に編纂された、本寺・末寺の一覧表です。下巻末の索引を見ますと、「松雲寺」は4件該当があります。しかし、寺名の下にそれぞれ「臨済 駿河」「曹洞 駿河」「曹洞 遠江」「曹洞 駿河」とあり、下総の松雲寺は収録されていないようでした。

2. 『臼井旧事録』(恩田誠/編 1895(明治28)年/刊)について
 本資料は千葉県立図書館の千葉県デジタルアーカイブ( https://e-library.gprime.jp/lib_pref_chiba/wiki.form )で画像をご覧いただけます。
 洲崎砦の項は14コマ目にありました。

3. 『佐倉風土記』(磯辺昌言/著 1722(享保7)年/稿)からの情報
 当市所蔵資料ですと、『房総文庫 1 影印版』(房総文庫刊行会/編 崙書房 1973)に『佐倉風土記』が収録されておりました。
「松雲寺」の項には、「在臼井、臼井久胤、為原貞胤(原文ママ)所逼而幽居於此、旧曰御屋敷、亦曰部屋城、今為寺、俗人家子弟所居之室、言之部屋」とありました(p51 原文は旧字体、訓点あり)。

4. 『佐倉市史』と『千葉縣印旛郡誌』からの情報
 市史などにも言及のあるものが見つかりました。

(1) 『佐倉市史』と『総葉概録』
『佐倉市史 巻1』(佐倉市史編さん委員会/編 佐倉市 1971.3)に関連する記述がありました。
113ページに『総葉概録』という資料が引用されています。それによると、1557(弘治3)年、臼井景胤がなくなり、久胤が後を継いだ。しかし若年のため、小弓城主だった原胤貞が後見についた。胤貞が臼井の人々の信頼を得たことで久胤の立場がなくなり、「城門ノ傍ニ宅ヲ営テコレニ居ラシメ本城ニハ胤貞住居スル」状況に至った、とあります。この「コレニ居ラシメ」と「本城ニハ」の間に割注があり、「今其地ヲ御屋敷ト云、亦部屋城ト云、松雲寺其旧跡ナリ」とあります。
なお、『総葉概録』の全文は『房総文庫 4 影印版』(房総文庫刊行会/編 崙書房 1973)及び『房総叢書 改訂 第2輯 第3巻 史伝』(千葉県郷土資料刊行会/編 1972)で確認できます(『房総叢書』は上述の千葉県デジタルライブラリーで閲覧可能です)。

(2) 『千葉縣印旛郡誌』
『千葉縣印旛郡誌』(2巻 千葉縣印旛郡役所/編 崙書房 1971)の前篇第7第6章 (4) 「洲崎砦跡」に、次のような記述がありました。
「(…)此の辺も亦家子の屋敷跡にして部屋城と称す慶安中円応寺の塔頭として一字を創し洲崎山松雲寺と称したりしが今廃せり傍に巨大なる樟樹あり佐倉風土記に此処を以て久胤幽居の跡とせり誤れり」(p550 原文は旧字体)。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213 9版)
参考資料
(Reference materials)
内田 理彦/編. 昔日佐倉拾遺録 : 人物・地域編 1. 内田 理彦, 2016. (親が子の質問に答える為の雑学・備忘録)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071611238-00
東京大学史料編纂所 編纂 , 東京大学史料編纂所 , 東京大学史料編纂所. 諸宗末寺帳 上・下 覆刻. 東京大学出版会, 1998. (大日本近世史料)
房総文庫刊行会 編. 房総文庫 1. 崙書房, 1973.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002652346-00
佐倉市史編さん委員会 編 , 佐倉市. 佐倉市史 巻1. 佐倉市, 1971.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001226925-00
千葉県郷土資料刊行会/編 , 千葉県郷土資料刊行会 , 磯辺‖昌言 , 岡島‖成邦 , 夏目‖定房 , 鶴岡‖安宅 , 宮本‖元球 , 林‖信篤 荻生‖徂徠 , 今泉‖政隣 , 平野‖知秋 , 伊能‖頴則. 房総叢書 改訂 第2輯. 千葉県郷土資料刊行会, 1972.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I011000170-00
千葉縣印旛郡役所/編 , 千葉県印旛郡役所. 千葉縣印旛郡誌 前編. 崙書房, 1971.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I011000406-00
キーワード
(Keywords)
佐倉市--地誌
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
関連サイト最終閲覧日:2017年6月1日
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土 郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000210281解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決