このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000209901
提供館
(Library)
国立国会図書館(National Diet Library) (1110001)管理番号
(Control number)
D160918145037
事例作成日
(Creation date)
2016-10-01登録日時
(Registration date)
2017年02月16日 00時30分更新日時
(Last update)
2017年03月18日 14時35分
質問
(Question)
歴代の服部平兵衛(本多家家臣)について、載っている資料はあるか。
服部平兵衛一行(初代)
服部平兵衛一元(後、荒木又右エ門保知)
服部平兵衛一明(4代目)
服部平兵衛一秀(5代目)
服部平兵衛直光(6代目)姫路の眞禅寺に一秀と妻の墓があり、養子直光が建立したとのこと
回答
(Answer)
荒木又右衛門については資料1、2に記載があるほか、NDL-OPAC(国立国会図書館蔵書検索・申込システム)や国立国会図書館サーチの検索でも複数の資料があることがわかりますので、ご確認ください。

当館では所蔵していませんが、資料1の参考文献として挙げられている「荒木保明家譜」は、資料3によれば鳥取藩政資料として、現在は鳥取県立博物館に収蔵されているようです。

貴館でも確認済の資料4に、初代から11代目までの服部平兵衛に関する記載があり、初代~6代目の服部平兵衛は、本多忠勝~本多忠良の家臣であったとわかることから、本多家の分限帳など、家臣に関する史料を確認しました。

何代目の服部平兵衛であるかの断定はできませんが、資料5、6に初代~6代目の服部平兵衛の可能性がある記載がありましたのでお知らせします。

網羅的な調査は、当館のレファレンス・サービスの範囲を超えるものですので応じられません。
また、本文を精読しての調査もできませんので、詳細については利用者ご自身でご確認ください。

なお、初代~6代目の服部平兵衛が仕えた本多家歴代は、『寛政重修諸家譜』(資料7)、『藩史大事典』(資料8)などから、次のとおりです。
< >は、藩主の在任期間です。

本多忠勝 伊勢桑名藩主本多家初代<慶長6~慶長14>
本多忠政 伊勢桑名藩主本多家2代<慶長14~元和3>→姫路藩主本多家(第1次)2代<元和3~寛永8>
本多政朝 姫路藩主本多家(第1次)2代<寛永8~15>
本多政勝 姫路藩主本多家(第1次)3代→郡山藩主本多家初代<寛永16~寛文11>
本多政長 郡山藩主本多家2代<寛文11~延宝7>
本多忠国 郡山藩主本多家3代→福島藩主<延宝7~天和2>→姫路藩主本多家(第2次)初代<天和2~宝永1>
本多忠孝 姫路藩主本多家(第2次)2代→村上藩主本多家初代<宝永1~6>
本多忠良 村上藩主本多家2代<宝永6~7>→刈谷藩主<宝永7~正徳2>→古河藩主本多家初代 <正徳2~宝暦1>

資料1
家臣人名事典編纂委員会 編『三百藩家臣人名事典. 第5巻 (三重県 2.和歌山県.京都府.兵庫県.大阪府.鳥取県.島根県)』新人物往来社, 1988.12【GB12-E4】
* 鳥取藩の「荒木又右衛門」の項(pp.308-309)に、「名は保和、本姓は服部氏。父平左衛門が、備前岡山藩主池田忠雄に仕えて三百石を領した。又右衛門はその次子である。幼少のおり児小姓として忠雄に仕えたが、しばらくして辞し、播磨姫路藩主本多政朝の家来服部平兵衛の養子となった。」といった記載があります。
  典拠史料として、『鳥取藩史』、「荒木保明家譜」、『荒木又右衛門』が挙げられています。
* 姫路藩の箇所にも「荒木又右衛門」の項(p.222)があります。

資料2
鳥取県 編『鳥取藩史』鳥取県立鳥取図書館, 1969-1972【GC195-1】
* 別巻の本編の巻末pp.1-117に、第1巻~第6巻の「人名索引」があります。
  索引によると、荒木又右衛門に関する箇所として、1巻のp.17、p.78、p.210、p.268、p.542、2巻のp.347、6巻のp.449、p.450、p.455、p.457が挙げられています。
  索引の「服部」の項に関連のあるものは見当たりませんでした。

資料3
鳥取県立博物館 編『鳥取藩政資料目録』鳥取県立博物館, 1997.3【GB2-G88】
* p.73に「9940 荒木保明家譜 被召出年不詳―明治4年 一旦断絶。 竪帳 1冊」とあります。
* リスト形式の「鳥取藩政資料目録」のPDFファイルが鳥取県立博物館のホームページで公開されています(「荒木保明家譜」は170/276にあります)。
  鳥取藩政資料は当館では所蔵していませんが、鳥取県立博物館に収蔵されているほか、デジタルデータによる販売が行なわれているようです。
  http://site5.tori-info.co.jp/p/museum/guide/2/1/

資料4
岡崎市立中央図書館翻刻ボランティア会 編『本多家岡崎藩分限帳』岡崎市立中央図書館, 2012.7【GK13-L61】
* pp.11-13に、初代から11代目の服部平兵衛に関する記述があります。
* 原本の史料『本多家岡崎藩分限帳』は、愛知県図書館 貴重和本デジタルライブラリーで公開されています。
  1冊のPDFファイルの16/87~24/87に服部平兵衛に関する記述があります。
  https://websv.aichi-pref-library.jp/wahon/detail/18.html
* 貴館では、三代目服部平兵衛一元が後の荒木又右衛門であるとされています。
  三代目が荒木又右衛門とすると、資料4からは養父が二代目となりますが、二代目服部平兵衛の主君は本多忠勝となり、資料1の記述と齟齬をきたしますので念のためお知らせします。

資料5
姫路市史編集専門委員会 編『姫路市史. 第11巻 下 (史料編 近世 3)』姫路市, 1999.3【GC172-E88】
* 付図「2.姫路城下町絵図 二次本多時代 加東郡滝野町 大久保敏郎所蔵」に、「車門」と「くまたか門」からの道が交差する付近に「服部平兵衛」の名が見えます。
  何代目の服部平兵衛であるかの記載はありませんが、忠国、忠孝が藩主であった時期に作成された地図であることから、5代目か6代目と推定されます。
* 『姫路市史. 第10巻 (史料編 近世 1)』【GC172-E88】の付図「4. 姫路城下町絵図 二次本多時代 財団法人静嘉堂文庫所蔵」も同時期に作成された絵図で、服部平兵衛の名は見当たりませんが、第11巻下の付図2の「服部平兵衛」の屋敷と同じ位置に「服部将監」の記載があり、「服部平兵衛」のことである可能性が考えられます。

資料6
『新編岡崎市史. 8 (史料近世 下)』新編岡崎市史編さん委員会, 1985.11【GC135-166】
* 「一一 岡崎藩本多中務大輔家御代分官秩便覧 文化三年」(pp.88-106)のうち、p.89に「御家老五代 十代目 当時林姓 服部平兵衛」とあります。
  文化三年は本多忠顕が岡崎藩主の時期で、資料4では10代目服部平兵衛が忠顕に仕えたとみえることから、10代目である可能性が高いと思われます。
  一方、資料4では、6代目服部平兵衛に関してのみ「実父林長兵衛政光」とあり、林姓であった時期があり、6代目に当たる可能性も考えられるのかもしれないため、念のためお知らせします。
* 「一〇 岡崎藩本多中務大輔家分限帳 寛政五年」(pp.67-88)のp.89、「一二 岡崎藩本多中務大輔家役人帳 寛政五年」(pp.106-112)のp.106にも服部平兵衛の名が見えます。
  寛政五年は本多忠顕が藩主の時期で、10代目である可能性が高いと思われますが、念のためお知らせします。

資料7
『寛政重脩諸家譜. 第4輯』國民圖書, 1923【63-238】
* 国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開しています。
* 巻第六百八十一(pp.623-640)に、本多家歴代の家系図が記載されています。
  該当箇所のURL: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1082713/320

資料8
木村礎 [ほか]編『藩史大事典. 第1-8巻』雄山閣出版, 1988-1990【GB8-E9】
* 藩主の系図や、生没年や藩主就任・退任年月日などの表があるほか、藩の基本史料や基本文献が記載されています。
* 第4巻の岡崎藩の項に服部平兵衛の名が見えますが、活躍期が寛政頃とされているため、初代~6代目には当たらないと考えられます。

〔主な調査済み資料・ウェブサイト〕
・柳沢文庫専門委員会 編『大和郡山市史』大和郡山市, 1966【216.5-Y539y】
 * 「史料集」の「内記政勝公御家中分限帳」(pp.171-192)を確認しましたが、服部平兵衛の名は見当たりませんでした。
 * 『三百藩藩主人名事典. 第3巻』【GB12-69】の「本多政勝」の項(pp.565-566)によると、「内記政勝公御家中分限帳」は政勝が姫路から郡山に入部した当時のものということです。

・古河市史編さん委員会 編『古河市史. 資料 近世編(藩政)』古河市, 1979.3【GC45-22】
 * 「宝暦八年古河分限帳(本多家)」(pp.139-162)のうちp.139に服部平兵衛の名がありますが、宝暦八年は本多忠敞の藩主在任期間(宝暦1~宝暦9)のため、資料4の記述から7代目と考えられます。

・福島市史編纂委員会 編『福島市史. 第7巻 (近世資料 1(資料編2))』福島市教育委員会, 1970【212.6-H8185h】
 * pp.241-246に「福島藩―本多時代―」の項がありますが、家臣についてわかる史料は見当たりませんでした。

・藩主人名事典編纂委員会 編『三百藩藩主人名事典. 第1-4巻』新人物往来社, 1986-1987【GB12-69】
 * 歴代藩主に関する参考文献も掲載されています。

・三重県立図書館ホームページ 「三重の人名を探す」
  http://www.library.pref.mie.lg.jp/?page_id=59
・兵庫県立図書館ホームページ 調べ方案内「兵庫県内各藩の家臣の一覧が載った資料」
  http://www.library.pref.hyogo.jp/ref/kashin.html
日本人名情報索引(人文分野)データベース  https://rnavi.ndl.go.jp/jinmei/
Japan Knowledge Lib ※当館契約データベース

ウェブサイトの最終アクセス日は2016年9月27日です。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
『本多家岡崎藩分限帳』(2012.7 岡崎市立中央図書館)
「江戸初期の岡崎藩本多家と家臣団」『愛知大学総合郷土研究紀要 35』掲載論文36~52頁
『本多家とその家臣団』特別展図録(1993 岡崎市)に付されている「本多家臣略系譜」
『公室年譜略 藤堂藩初期史料』(2002 清文堂出版) 530~531頁
『姫路城史』(橋本政次著 名著出版)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000209901解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!