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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000208795
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2016-0080
事例作成日
(Creation date)
2017/02/03登録日時
(Registration date)
2017年02月04日 00時30分更新日時
(Last update)
2017年02月04日 00時30分
質問
(Question)
惟喬 (これたか)親王伝説について知りたい。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、「文徳天皇の第1皇子惟喬親王、母は紀氏の出であった。天皇はもちろんこの皇子に譲位を考えていた。しかし第4皇子の惟仁(これひと)親王は、母が藤原氏の出であって、一門が皇位につくことを希望した。それが悲劇的な伝説をうむ発端で、『江談抄(ごうだんしょう)』には惟喬側に東寺の真済(しんぜい)僧上が、惟仁側には延暦寺の真雅僧上がついて護持の僧となり、たがいに自分のほうからの立太子をいのりあったとある。『平家物語』ではそれが、競馬、相撲であらそうなど、護持の僧も真済・恵亮(えりょう)とかわっての祈り競べとしだいにエスカレートして、ついに惟仁側が勝ち名乗りをあげる。さらに『曽我物語』になると、負けた惟喬が世をはかなんで都をさり、ついに比叡山麓の小野の里へと閑居したことになっている。ところが木地屋の縁起『親王縁記』では、小野からひそかにのがれた惟喬は、ついに近江の湖東愛知川上流の小椋谷に流離して、そこで木地挽物(ひきもの)の轆轤を発明し、木地職の祖神とあがめられるようになる。以上が、世に惟喬親王伝説というものの大筋である。→木地屋(橋本鉄男)」とあります。

『日本説話伝説大事典』、『日本伝奇伝説大事典』、『日本架空伝承人名事典 新版』にも記述があります。

また、惟喬親王と木地屋に関する伝説として、『永源寺町史 通史編』に「小椋谷の惟喬親王伝説」、『同 木地師編 下巻』に「惟喬親王御縁起」が収録されています。『木地屋のふるさと』、『小椋の山里』などにも記述があります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.304-305,190

2 日本説話伝説大事典 志村有弘∥編 諏訪春雄∥編 勉誠出版 2000年 R-3881-シ p.375-376

3 日本伝奇伝説大事典 乾 克己∥ほか編 角川書店 1986年 R-3881-イ p386-387

4 日本架空伝承人名事典 大隅和雄∥編 尾崎秀樹∥編 平凡社 2012.3 R-2810-オ p.259-261

5 永源寺町史 通史編 永源寺町史編さん委員会∥編集 東近江市 2006年 S-2147- 06 p.598-600

6 永源寺町史 木地師編 下巻 永源寺町史編さん委員会∥編集 永源寺町 2001年 S-2147-2 p.447-456

7 木地屋のふるさと 橘文策∥著 未来社 1963年 5-3847- 63 p.11-30

8 小椋の山里 永源寺町教育委員会∥編 永源寺町教育委員会 1980年 S-3847- 80 p.40-43
キーワード
(Keywords)
惟喬親王
木地屋
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
2110049-5701(豊郷町立図書館提供)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000208795解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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