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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000199461
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2016-068
事例作成日
(Creation date)
2015年08月29日登録日時
(Registration date)
2016年11月10日 14時21分更新日時
(Last update)
2017年01月05日 11時33分
質問
(Question)
浦和在別所村に南・北牢、二つの牢屋があったというが、どういった幕府機関が管理した施設なのか知りたい。
また将軍家御殿・御茶屋の調査報告の中の明治13年(1880年)に陸軍が作成した「埼玉県武蔵国北足立郡浦和駅」5000分の1迅速図にある「牢屋跡」の牢屋との関係も知りたい。
回答
(Answer)
江戸時代の「牢屋」は、『日本刑罰史蹟考』以外の資料では確認できなかった。年期不明だが、『浦和市史第4巻』「浦和宿之記」という史料に「囚人番心得 〔発〕関東向 御取締出役 内藤賢一郎〔宛〕囚人番村々 役人中 番人足共江」があった。 
明治以降、『浦和市史第3巻』「浦和監獄署」の項目によると「浦和町百七番地、埼玉県庁の南に在り、明治四 年十二月二十七日設置、当時南北二牢並に病囚溜の三棟にて南牢は現県庁南側の空地北は浦和地方裁判所の南底地にありたり、後別所〈六辻村〉に既決囚の使役場を増築したる事あり、明治五年懲治法成立して苔杖刑廃止と共に入獄囚の増加となりて茲に牢獄新築の許可を仰ぎ明治十年十一月竣工したるは現監 獄署建物なり、同十年爾来の懲治場を監獄所と改称同三十六年官制改革と共に埼玉県監獄署を浦和監獄署と改称し同時に司法省の直轄となりたり(略)」とあった。
なお、所蔵している『浦和駅 第一軍管地方迅速測図』(2万分の1)には「監獄署」の記載のみで「牢屋跡」の記述なし。
以上の回答とあわせて資料を提供した。
『浦和市史 第3巻 近世史料編Ⅰ』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1981)
『浦和市史 第4巻〔1〕 近代史料編』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1975)
回答プロセス
(Answering process)
1 事前調査資料を確認する
『日本刑罰史蹟考』(重松一義著 成文堂 1985)
 p277「浦和宿の牢 浦和在別所村にあった。南北牢と二牢あり、別に病囚溜・揚屋があった。徒場は明治二年に同所に設けられた。明治四年一一月一三日埼玉県設置と共に同年十二月二十七日浦和監獄が発足(後略)」との記述あり。
 「教誨史 上 425頁」との参考文献の記述あり。
岡田茂弘ほか著「近世初期における将軍家御殿・御茶屋跡の考古学的研究」(1995年度実績報告書 科学研究費助成事業データベース)( https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-05451074/RECORD-054510741995jisseki/  KAKEN科学研究費助成事業データベース)
 研究概要に「浦和御殿は、「浦和本陣星野権兵衛由緒書」によると慶長年中まで(1596年以前)に設置され、徳川家康・同秀忠によって使用され、慶長16年(1611)に廃止されたことがわかる近世初期の将軍家御殿・御茶屋のうちでも早い時期に使用されたものである。その遺跡は幕府の御林として管理されていたことが文化8年(1811)作成の「浦和宿絵図」に「御林 御殿跡」と記載されていることから判明している。(中略)明治13年(1880)に陸軍が作成した「埼玉県武蔵国北足立郡浦和駅」5000分1迅速測図によると牢屋跡の注記の下に堀・土塁が記載されているので(後略)」とあり。

2 浦和・別所村について調べる
『浦和市史 第4巻〔1〕 近代史料編』(回答資料)
 p676 明治時代の監獄の記述あり。※旧漢字は現代漢字に直している。
 73(囚人脱走ノ記事)「埼玉県の監獄は県庁の近傍なる別所村と云える所へ新築相成り先ごろもとの牢獄より囚人を移せしに(略)」
 74(勧化院新設ノ記事)「本県にては満八才以下(※上カ)十六才未満の者にして適当の親権を行ふ者なきもの若しくは適当の後見人無き為め遊蕩又は不正を働くもの或は懲治場留置の言渡しを受けたる幼者等を収容する為今回北足立郡浦和町字鯛ヶ窪地内に一町余歩の敷地を選定し建設費一萬余円を以て大なる勧化院を新設する事となり(略)」
 75(浦和監獄署)「浦和町百七番地、埼玉県庁の南に在り、明治四年十二月二十七日設置、当時南北二牢並に病囚溜の三棟にて南牢は現県庁南側の空地北は浦和地方裁判所の南底地にありたり、後別所〈六辻村〉に既決囚の使役場を増築したる事あり、明治五年懲治法成立して苔杖刑廃止と共に入獄囚の増加となりて茲に牢獄新築の許可を仰ぎ明治十年十一月竣工したるは現監獄署建物なり、同十年爾来の懲治場を監獄所と改称同三十六年官制改革と共に埼玉県監獄署を浦和監獄署と改称し同時に司法省の直轄となりたり(略)」 
『武蔵国郡村誌 第2巻』(埼玉県立図書館 1954)
 p65 「別所村」「懲役場 東西五十五間南北一丁三十四間面積五千七百坪村の西方にあり懲役人三百三十人」とあり。
『新編武蔵風土記稿 第7巻』(雄山閣 1972)
 p244-248 「浦和宿」及び「別所村」には、牢屋の記述なし。
『浦和市史 第3巻 近世史料編Ⅰ』(回答資料)
 「天保期を中心に宿及び近隣の史料を集めたもので」とあり。
 p23-24 「浦和宿之記 18 囚人番心得」 〔日付なし〕 〔発〕関東向御取締出役 内藤賢一郎 〔宛〕囚人番村々 役人中 番人足共江」
『国史大辞典 第3巻』(吉川弘文館 1983)
 p897 「かんとうとりしまりしゅつやく 関東取締出役」に「文化2年(1805)関東地方の治安維持強化を目的として創設される。(略)文政10年(1824)文政の取締改革が施行された。(略)取締組合の中核となる村を寄場とよび、寄場には寄場役人をそれぞれ名主などの村役人から任命して組合村の総括・運営にあたらせた。」とあり。
『浦和市史 第3巻 近世史料編Ⅲ』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1984)
 p551-552 「12 嘉永4年4月 本陣権兵衛由緒書」「同〔慶長〕十六年亥年御代官 伊奈半左衛門様御掛りニ而、御殿御引払之節表御門ハ当所玉蔵院江被下置、裏御門並非常道具之内三ツ道具、捕縄、水籠其外私方江拝領(略)」とあり。

3 インターネット・データベースの情報を確認する
《国会図書館サーチ》( http://iss.ndl.go.jp/  国会図書館)を〈教誨史〉で検索する。
《国会図書館デジタルコレクション》「日本監獄教誨史 上巻」(真宗本願寺派本願寺、真宗大谷派本願寺編 真宗本願寺派本願寺[ほか] 1927)
 p425-449(251-263コマ)「浦和監獄」に「浦和監獄は明治四年十一月十三日埼玉県の設置と共に同年十二月二十七日より開始す。獄舎は旧浦和県引継ぎの南北二牢及徒場、病囚溜、揚屋等あり。南北牢は共に浦和宿に在りて、(略)。此年牢屋の名を廃して囚獄と称す。徒場は明治2年旧浦和県の建築にして、浦和在別所村に在り、(略)而して囚獄及徒場の管理は埼玉県聴訟課に属す。」( http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1269288  国会図書館)
『浦和市史 通史編 3』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1990)
 p51 「明治初年、府藩県三治制が行われた時から、治安関係担当の部局として聴訟(ちょうしょう)課が設置されていた。これは大宮県から裏和県へと変更になった後も存続し、埼玉県に引き継がれた。聴訟課の分掌は、聴訟(訴えをさばくこと)及び鞫獄(きくごく)(罪を裁き刑を行う)で、現在の(略)監獄署を統括したような任務をもっていたもので、これが県庁内の一分課として存在したわけである。」
《国会図書館デジタルコレクション》を〈浦和監獄〉で検索する。
「浦和案内」(対間吉之助著 やまと新聞浦和支局 大正4)
 p32(26コマ)「【浦和監獄】県庁の南に在り、明治四年十二月二十七日設置、当時南北二牢並に病囚溜の三棟にて南牢は現県庁南側の空地北牢は浦和地方裁判所の南底地にありたり。後別所(六辻村)に既決囚の使役場を増築したる事あり。明治五年懲治法成立して苔杖刑廃止と共に入獄囚の増加となりて茲に牢獄新築の許可を仰ぎ明治十年十一月竣工したるは現監獄建物なり。同十年従来の懲治場を監獄署と改称同三十六年官制改称と共に埼玉県監獄署を浦和監獄と改称し同時に司法省の直轄となりたり(略)」( http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/932648  国会図書館)
《歴史的農業環境閲覧システム》で浦和の監獄を探す
 県庁(高砂三丁目)の南に監獄署あり。※明治初期から中期の迅速測図のデータを閲覧できる。( http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html?zoom=13&lat=35.89328&lon=139.63276&layers=B0  農業環境技術研究所)

4 地図資料を確認する
『浦和市史 通史編 3』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1990)
 附図「最近調査浦和町明細全図」(大正3) 県庁の南に浦和監獄あり。《歴史的農業環境閲覧システム》(前出)の監獄署の位置と同じ。
事前調査事項
(Preliminary research)
「日本刑罰史蹟考」「近世初期における将軍家御殿・御茶屋跡の考古学的研究」
NDC
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
関東地方  (213 9版)
刑法.刑事法  (326 9版)
参考資料
(Reference materials)
『浦和市史 第3巻 近代史料編Ⅰ』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1981)
『浦和市史 第4巻〔1〕 近代史料編』(浦和市総務部市史編さん室編 浦和市 1975)
キーワード
(Keywords)
浦和市(現さいたま市浦和区 埼玉県)
牢屋
監獄
牢獄
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000199461解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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