レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/08/09
- 登録日時
- 2016/10/08 00:30
- 更新日時
- 2016/10/29 14:37
- 管理番号
- HC-16080928
- 質問
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解決
八王子の田町遊郭の歴史を知りたい。
- 回答
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『哀愁の田町遊廓浜田楼』(2005年 文芸社)は、敗戦前後に八王子市役所の職員として勤務していた当時18歳の女性が、当時の八王子の様子や、空襲、遊郭浜田楼の人々との関わりを回想して綴った記録となっています。
『花街・色街・艶な街 色街編』(2008年 街と暮らし社)p.126-129によると、八王子宿に飯盛旅籠が設置されたのは宝暦年間(1751~63)で30軒を数えていました。明治初期頃から、織物の発展に伴い、接待や宴会用に料理屋、待合茶屋、芸者置屋の三業が成立し、花柳界が発生しました。甲州街道沿いに点在していた貸座敷が、田町に移転して一廓をなしたのは、明治30年(1897)の八王子大火後で、妓楼数は14~20軒ほど、娼妓は100人前後で東北出身者が多数でした。終戦後、米兵相手の慰安施設となりましたが、米兵の梅毒罹病が増え、半年で米兵は立ち入り禁止となり、日本人相手の赤線となりましたが、昭和33年の売春防止法の施行で業者は廃業し、従事した人たちも散って行きました。
『八王子遊郭の変遷 』(1989年 かたくら書店)は公民館の女性史講座から発生したグループによる調査をまとめたもので、田町遊郭の入口にあった寿司屋のおかみさんから、当時の様子を聞き取った記録を中心に、当時の登楼者名簿や、昭和9年前後の東北婦女子の出稼ぎ統計、明治32年の田町遊郭娼妓一覧表、遊郭の推移年表などの関連資料を加えたものになっています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 社会.家庭生活の習俗 (384 8版)
- 参考資料
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- B10494366 哀愁の田町遊廓浜田楼 鈴木ナミ/著 文芸社 2005.6 916 4-8355-9034-1
- B10759814 花街・色街・艶な街 色街編 上村敏彦/著 街と暮らし社 2008.1 384.9 978-4-901317-17-7
- B11282506 八王子遊郭の変遷 わだち/編 かたくら書店 1989.11 384.9 4-906237-32-0
- キーワード
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- 八王子遊郭
- 田町遊郭
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000197946