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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000197242
提供館
(Library)
豊中市立図書館 (2310050)管理番号
(Control number)
6000028842
事例作成日
(Creation date)
2016/08/07登録日時
(Registration date)
2016年09月22日 00時30分更新日時
(Last update)
2016年09月27日 14時54分
質問
(Question)
病気見舞いや平和祈願に千羽鶴を折るようになった由来を知りたい。
佐々木禎子さんが折鶴を折ったのが始まりなのか?
回答
(Answer)
『日本の原爆記録7』(日本図書センター)に所収されている「千羽鶴」(豊田清史著)のp.32に、「千羽鶴が原爆症患者の間に折られ始めたことについて、確証づけをいまなし得ないが、五月の何日か、岐阜県の人から慰問の手紙にはさんで五糎大のセロハンでつくった折鶴が、この赤十字病院に届けられてきた。これが折鶴がさかんになった発端をつくっているようである。禎子は暇をみては薬袋や見舞品の包装紙を切って丹念に鶴を手折った。」という文章が載っている。

同様の内容は『はばたけ千羽鶴』(筑摩書房)p.39にも掲載あり。
「昭和三十年(一九五五年)五月の何日か、禎子の入院している日赤に、愛知県のあるひとから患者さんへの慰問の手紙にはさんで、五センチメートル大のセロハンでつくった折鶴が届けられてきた。そうしてこれに目をとめた禎子は、暇をみては看護婦さんからもらうトンプクの薬包紙や、見舞い品の包装紙を小さく切ってたんねんに鶴を手折っていった、理髪業の暇を見ては病室にやってくる父は、禎子がきれいに折ってベッドの枕元につるした折鶴を喜ばなかった。「運動にならんからよしたほうがええ」と、むしろ親ごころとしてやめるようにいった。しかし、禎子は、“こうして鶴を千羽折ればきっと私の病気はなおる!”と信じた。」
また、pp.219-220には、原爆資料館に収められている禎子さんの直筆の病床記録、禎子さんが折った折鶴についての、写真と説明書が収録されている。


はっきりした由来は分からないが、折鶴を祈願成就の為に神社に奉納するという伝承があったと書かれた資料もある。以下はその記述。

『日本大百科全書 13』(小学館)p.854「千羽鶴」の項目に「日本では昔から鶴はめでたい鳥とされ、それが千羽そろったのをことさらに吉兆とした。千羽は多数の意で、かならずしも正確な数をいうのではない。起源は明らかでないが、いまも古い社に奉納されている昔の額などに千羽鶴の絵をみることができる。また、折鶴を祈願の意で社寺に奉納する風もあった。最近は社寺だけでなく、幸福の祈願と、慰安や祝福の意を込めて、病気や不幸を負っている人に送る事が行われ、平和運動にも使われる。」と記載があるが、はっきりとした由来は分からなかった。

『日本国語大辞典 8』(小学館)p.154「千羽鶴」の項目にも「鶴はめでたい鳥とされ、千羽そろうことを吉兆としたところから、折り鶴を多数糸に通したり千羽鶴の絵をかいたりして祈願の意をこめて社寺に奉納する風があった。現在では社寺だけでなく慰安や病気見舞いなどに贈ったりする。」とある。

『折り鶴百科』(ブティック社)pp.4-5には、「折り鶴は遊戯折り紙として作られ始め、女性や子供の遊びとして普及し、伝承されて来たのですが、もう一方で、祈りを込めるために折り鶴を折り、祈願成就の為に神社に奉納するという信仰の形による伝承のされかたもありました。」と記載あり。その理由として、「四角い紙を折って美しい鶴の姿を形どる、この作業の工程に人々はいつしか祈りを込めるようになったのです。一羽でもありがたい鶴を何羽も糸でつないで奉納するのです。それは、千羽鶴と呼ばれ、今日でも良く見かけられる習慣です。」とある。また、この本では、約200年前伊勢の国の長円寺の住職、魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)によって、一枚の紙に切り込みを入れて2羽から最高97羽の連続した鶴を折る千羽鶴が考案されたことや、そのうち49種類が寛政9年に出版された『千羽鶴折形』に紹介されていること、それらが桑名市博物館に再現されており桑名市の無形文化財に指定されていることも紹介されている。『折り鶴百科』『改訂版桑名の千羽鶴』(リバティ書房)にはその49種類すべての折り方が載っている。

『改訂版桑名の千羽鶴』pp.2-3で、天明三年(1783)平橋庵敲水編の俳諧集『折鶴』と弘化四年(1847)『千羽鶴千代寿』(玉蘭斎作・橋本貞秀画)の間に寛政九年(1797)『千羽鶴折形』が発行されていることから、著者は「大胆な独断」と断った上で、「千羽鶴」の呼称は義道が命名したのではないか、と説を述べている。
回答プロセス
(Answering process)
『広島・長崎の原爆災害』(岩波書店)p.473によると、1955年原爆症により12歳で短い生涯をとじた佐々木禎子さんは鶴を千羽折ると病気が治ると聞かされ、毎日病床で折り続けたが再起できなかった。彼女の遺した平和への願いにこたえ、世界に平和を訴えるため級友たちの発案で日本内外から寄せられた資金で建設されたのが「原爆の子の像」。広島平和祈念公園の一角にあるこの金色の折鶴をかかげる少女の像には千羽鶴の献呈が絶えない。

病気平癒祈願と平和祈願の由来が載っている資料は見つからなかった。
以下は、折鶴・千羽鶴について分かった事。

『世界シンボル大辞典』(大修館書店)p.660「日本人は、ツル(鶴)は数千年生きると信じている。」ツル・カメ・マツは「長寿のシンボル」。
『民間信仰事典』(東京堂出版)p.170「千人針」の項目に「千という数は極数として異常な神秘を感ぜしめ」る。
『日本国語大辞典 8』(小学館)p.154に、1828年の句「千羽鶴いたちごっこのように折り」が紹介されている。また、模様などに数多くの鶴を染め出したものという意味では1719年の浄瑠璃の一節が紹介されている。
『江戸時代子ども遊び大辞典』(東京堂出版)p.44に、祐信『絵本和泉川』、浮世絵では湖龍「蜃涼略(しんりょうなぞらえ)四民 工」、豊国三代の「源氏後集余情 わかむらさき」に鶴を折る男子や少女が見られると紹介されている。「わかむらさき」はモノクロだが写真もある。
『遊びの大辞典』(東京書籍)p.879には、『嬉遊笑覧』や『女用教訓 絵本花の宴』で折り鶴の記述があると紹介しており、『五元集拾遺』に「折居の鳥 これ紙の折方にて鳥を作るなり」として「鶴折て日こそ多きに大晦日」の句があることが分かった。
事前調査事項
(Preliminary research)
インターネットでは禎子さんがきっかけと書かれた個人サイトはある。
NDC
木竹工芸  (754)
参考資料
(Reference materials)
日本の原爆記録7家永 三郎/[ほか]編集日本図書センター (p.32)
はばたけ 千羽鶴豊田 清史/著筑摩書房 (p.39)
日本大百科全書13小学館 (p.854)
日本国語大辞典第8巻小学館国語辞典編集部/編集小学館 (p.154)
折り鶴百科ブティック社 (pp.4-5)
桑名の千羽鶴大塚 由良美/編著リバティ書房 (pp.2-3)
キーワード
(Keywords)
折り鶴(オリヅル)
おりづる(オリズル)
折鶴(オリヅル)
千羽鶴(センバヅル)
鶴(ツル)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
言葉
質問者区分
(Category of questioner)
庁内
登録番号
(Registration number)
1000197242解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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