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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000197020
提供館
(Library)
愛媛県立図書館 (2110043)管理番号
(Control number)
2015-26
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2016年09月16日 11時43分更新日時
(Last update)
2016年12月15日 11時50分
質問
(Question)
藤野静輝(君山)の経歴や活動が知りたい。
回答
(Answer)
藤野君山が「父方の遠い縁戚」にあたるという筆者による随想である【資料1】には、「藤野君山、名は静輝、伊予国松山の生れ、明治、大正年間に宮内省修史館に奉仕。」「以文会趣意書(略)の中に「南北朝以来、近年に亘るまで南朝三代と伝えられてきたが、九十七代後村上天皇と九十九代後亀山天皇の間に長慶天皇がいらせられたのを発見し、上申したのは藤野君山先生である。(略)」という意味の一文があって、学校の歴史の先生にお見せしたことがあったが、戦後のたびたびの転居のために紛失してしまった。」「私は松山の先人の記録の何かに君山の名がないものかといろいろ当ってみたが、今までには発見できなかった。青年時代に出奔されて以来、殆ど帰松されなかったらしいが、いつも松山を懐かしんでおられたという。」ということが書かれており、「何かの機会に君山の詳しい事蹟を知りたいと思うけれど、すでに年月が経過しすぎていて、以文会の方々の殆ども物故されただろうと思われる昨今、そのてだてもなさそうである。」と結ばれている。
【資料2】の「郷土の歴史を語りつぎながら和気の教育に一生を捧げた人 柳原繁太郎」(上岡治郎/著)に、柳原繁太郎が大正13年に亡くなり、その報恩碑を作る際に、「碑文の原稿は東京の藤野静輝先生にお願いすることとし、鵜久森熊太郎氏と須之内品吉氏が使者となる。」という記述がある。
【資料3】には八木彩霞が大正14年12月にパリ留学出発するくだりで「漢詩人・藤野君山、宮廷歌人・千葉胤明など、東京横浜はいうまでもなく遠く鎌倉や千葉方面からも、大勢の先輩知己がわざわざ見送りに来てくれた。」(p258)とある。
【資料4】は陸軍大将・白川義則を主人公にした小説だが、白川について「詩は若い時分から作つたらしかつた。しかし、仲のいい友だちでも、白川さんの詩といふものを見たことがなかつた。同郷の詩人藤野君山について、添削を乞ふていたやうであつた。しかし、一度も人に示したことがなかつた。」(p327-328)という記述がある。
【資料5】「〔愛媛教育協会雑誌・第壱号〕明治二十年七月刊」に「愛媛教育協会のはしめの会に つらなりてよめる そたてはや庭のをしへの雛鶴を やかて雲井に仰き見るまで 藤野静輝」という一文が掲載されている(p11)。
愛媛県の人物事典類である【資料6】~【資料12】を調査したが、藤野静輝についての記述は見つからなかった。
次に、当館の一般資料では、以下の資料に記述があった。
【資料13】「君山―藤野 ふじのくんざん 独立画家、師伝未詳、東京住、昭和中期の人。」(p32)
【資料14】「藤野君山 ふじのくんざん 漢詩作家。名は静輝。→詩歌」(p1759)とあり、『和漢詩歌作家辞典』(森忠重/著 みづほ出版 1972年)に記述があることがわかった。しかし当館にはこの資料は所蔵なし。
次に、国立国会図書館デジタルコレクションには以下のものがあった。
【資料15】口絵に「帝都賜菊園学会長 藤野静輝」の肖像写真が掲載されている。奥付によると「東京市麹町区中六番町二十五番地」に住所がなっており、これは帝都賜菊園学会出版部の住所と同一。
【資料16】「文苑」欄に藤野靜輝「覊中山」の短歌が掲載されている。
【資料17】「多胡碑の面影」という文章が掲載されている。
【資料18】漢詩と和歌が掲載されている。
【資料19】「矚目偶感」と題して漢詩と和歌が掲載されている。
【資料20】「勅諭集字 三韻謌」(p7)と「菊池の懷古「將軍の宮を迎ふ」」(p6)が掲載されている。
【資料21】「伊藤公の樣な人」という一文と和歌が掲載されている。
【資料22】「勒諭」が掲載されている。
【資料23】「謹祝藤井院長壽像除幕式」として漢詩が掲載されている(p68)。
【資料24】「勅諭(天津日嗣)」と題して漢詩が掲載されている(p209)。
【資料25】「宝船」が掲載されている(p34)。
【資料26】「文苑」欄に「琉球賦三十韻―(漢詩)」が掲載されている(p79)。
【資料27】「楠公六百年祭古調一篇恭賦」が掲載されている(p23)。
【資料28】「二三、來賓祝辭・皇都賜菊園學會長 藤野君山」が掲載されている(p85)。
さらに、インターネット上の情報として以下のようなものがあった。
【資料29】「藤野君山(ふじの くんざん)帝都賜菊園学会長。愛媛県生。名は静輝。太政官を勤めた後、歴史研究のため各地を周遊した。詩歌・文章・俳吟を能くし、書画にも秀でた。帝都賜菊園学を興し、故実・口伝等を後進に伝え、また乃木希典らと親交した。」
【資料30】「君山藤野静輝 文久3年(1863)~明治18年(1943) 愛媛県生 宮内省式部職、帝都賜菊園学会長。太政官を勤めた後、歴史研究のため各地を周遊。詩歌・文章・俳吟を能くし、書画にも秀でた。宮内省式部職退官後、大正天皇より賜った菊にちなんで賜菊園を主宰。故実・口伝等を後進に伝えた。」とある。ただし没年「明治18年」は「昭和18年」の誤りと思われる。
amazon.co.jpの情報によると、【資料31】には「藤野静輝・狩野旭峰」という章があるようだが、当館に所蔵なし。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】「藤野君山のこと」(藤田美佐子/著)『愛媛の文化』第3号(愛媛県文化財保護協会 1966年)<当館請求記号K705/1/3>
【資料2】『まつやま人・彩時記』(松山市文化協会 2006年)<当館請求記号K283.1/マツ/2006> (インターネット上で閲覧可能< http://www.cul-spo.or.jp/matsu_bunkyo/006sonota/saijiki/pdf/10.pdf >)
【資料3】『彩霞功罪録 絵描きになった横浜元街小学校の先生』(八木洋美/著 文芸社 2004年)<当館請求記号K723/セヒ/2004>
【資料4】『大将白川』(桜井忠温/著 松岳会 1933年)<当館請求記号K913.6/サチ/1933> (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1878431 >)
【資料5】『明治前期教育関係史料 第1輯 愛媛教育協会雑誌(抄)』(近代史文庫 1966年)<当館請求記号K372/7/1>
【資料6】『海南之新人物』(岩泉泰/著 大東通信社 1923年)<当館請求記号K280/17>
【資料7】『愛媛県人物名鑑 第4輯第5輯 宇摩郡、新居郡、周桑郡、越智郡、今治市及県外之部』(海南新聞社 1924年)<当館請求記号K280/26/4>
【資料8】『愛媛県紳士録 昭和9年刊行』(愛媛新報 1934年)<当館請求記号K280/27>
【資料9】『愛媛県史 人物』(愛媛県史編さん委員会/編集 愛媛県 1989)<当館請求記号K200/31>
【資料10】『愛媛県百科大事典 下 す~わ』(愛媛新聞社愛媛県百科大事典編集委員室/編集 愛媛新聞社 1985年)<当館請求記号RK290/63/2>
【資料11】『愛媛県人名大事典』(愛媛新聞社情報センター/編集 愛媛新聞社 1987年)<当館請求記号K280/61>
【資料12】「データベース「えひめの記憶」」(愛媛県生涯学習センター)< http://ilove.manabi-ehime.jp/system/regionals/regionals/search
【資料13】『日本書画鑑定大事典 第三巻』(国書刊行会 2007年)<当館請求記号R721.03/ナガ3/2007>
【資料14】『人物レファレンス事典 3‐[3] 現代編』(日外アソシエーツ 1983年)<当館請求記号281.03/58/3-3>
【資料15】『天覧中学千字文』(藤野静輝/著 帝都賜菊園学会出版部 1920年) (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1182695 >)
【資料16】『皇風』(27)(興風館 1987年12月)p12 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1888748 >)
【資料17】『古蹟』2(2)(帝国古蹟取調会 1903年3月)p37~48 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1539686 >)
【資料18】『燕塵』第2年(6)(18)(燕塵会 1909年6月)p83 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1468530 >)
【資料19】『燕塵』第2年(12)(24)(燕塵会 1909年12月)p31-32 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1468536 >)
【資料20】『皇国詩集 国体観念の涵養 国士青年必誦』(坂梨徳真 1929年) (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1032803 >)
【資料21】『皆川広量君追想録』(村井知至/編 六原会 1933年) (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1030224 >)
【資料22】『音符解説忠烈吟詠教本』(浅田辰人/編 満州富山房 1934年) (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1138935 >)
【資料23】『藤井療法の真価と輝く寿像』(藤井会/編 藤井療法本院 1937年)p68 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1023882 >)
【資料24】『図解詩吟と剣武術』(鈴木凱山/著 京文社書店 1939年) (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1037196 >)
【資料25】『新撰吟詠集』(佐々木孝吾/編 青竜社 1958年)p34 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2490164 >)
【資料26】『海之世界』6(7)(日本海員掖済会 1912年7月)p79 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1499446 >)
【資料27】『詩吟読本』(本山賢一/編 皇道詩吟・日ノ本会本部道場 1936年)p23 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1097374 >)
【資料28】『日仏文化功労章授与藤井百太郎先生祝賀紀念誌』(藤井会/編 藤井療法本院 1937年)p85 (国立国会図書館デジタルコレクション< http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1108648 >)
【資料29】思文閣ウェブサイト「美術人名検索」< http://www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_number.php?number=27217 > (最終確認2016.9.16)
【資料30】「isands.cocolog-nifty.com > 書跡『書人也』」ウェブサイト< http://isands.cocolog-nifty.com/photos/bokuseki/dscf0038.html > (最終確認2016.9.16)
【資料35】『義民仁左衛門ノート』(高橋誠一/著 三一書房 2003年) (< https://www.amazon.co.jp/dp/toc/4380022145/ref=dp_toc?_encoding=UTF8&n=465392 >)
キーワード
(Keywords)
藤野静輝(ふじの せいき)
藤野君山(ふじの くんざん)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000197020解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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