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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000196570
提供館
(Library)
沖縄県立図書館 (2110045)管理番号
(Control number)
1000000867
事例作成日
(Creation date)
2016/09/02登録日時
(Registration date)
2016年09月03日 00時30分更新日時
(Last update)
2016年09月03日 00時30分
質問
(Question)
「沖縄そば」のルーツ(由来)を知りたい。
回答
(Answer)
下記の資料から、中国南部から伝えられたという説が有力のようだ。


『風俗史学 13号』(日本風俗史学会 編・刊、2000.10)
p61-71 「琉球の麺食伝播 宮城昌保」の論文で、p61 「日本の伝統的麺食の中で、沖縄そばが唯一かん水を入れる麺であることを踏まえ、進貢貿易という史実と考え合わせると、麺食は中国より直接琉球へ伝えられたと考えざるを得ない。伝播のルートや、伝わった年代を再度考証し、調理に関わったと思われる調理人についても検討する。」の記述がある。
p61-63 「一 切麺と線麺」の項目で、p63 「中華麺といえば、かん水を入れたラーメンを想像しがちであるが、中国本土ではかん水を入れない生麺が多く食べられている。かん水を入れた麺は、客家のいる地方や福州等の?南の地域でよく食されている麺である。沖縄ではかん水を作るために、ワラの灰や固い木の灰を使う。福州をはじめとする?南や客家のいる地方では、沖縄のかん水の作り方と同様の作り方である。沖縄そばは?南や客家の麺と同様の麺と言えよう。」の記述がある。
p63-65 「二 冊封使に随行した調理人」の項目で、p64 「これらの記述は、冊封使に随行した調理人が主に福建人(?人)であり、その調理法も福建料理を主としたものであることを示唆している。…この記述は、冊封使らと共に随行した調理師の中に麺食の専門家がいたことをあらわしているわけであり、琉球に麺類やお菓子などの小麦粉の食が冊封使らの来訪と共に琉球に紹介されたと考えなければならないことを意味する。」の記述がある。
p70 「故に琉球で小麦粉の祭品が作られたのは、永楽二年(一四〇四年)であると考えなければならないことを意味するであろう。換言すれば、切麺である沖縄そばやそうめん及び小麦粉の菓子類はこの時期には琉球に伝えられたと考えなければならない。」の記述がある。


『沖縄大学地域研究所紀要年報 1995年度 No.7』(沖縄大学地域研究所 [編]・刊、1996.3)
p53-67 「沖縄の麺食文化の受容 宮城昌保」の論文がある。
p55-56 「伝播のルート」の項目で、p55 「沖縄への麺食の伝播は3つの経路が想像できる。日本本土からの伝播、東南アジアからの伝播、それに中国からの伝播である。しかし、他府県にかん水を入れた伝統的麺が存在せぬ以上、日本の他府県からのルートの可能性は考えられない。同様に東南アジアにもかん水を入れた麺の発達は近世になってからであると言われており、東南アジアへも中国より伝わったと考えられている。麺が中国起源であり、琉球と中国の交流の歴史をふまえれば、中国以外のルートは考えられない。…中国から沖縄に麺食が持ち込まれた可能性は4種のルートが考えられよう。第1に中国からの冊封使らのルート。第2に中国から沖縄に移住して来た久米村人(?人三十六姓ともいう)のルート。第3に進貢使や官生等の沖縄から中国に渡った者達によるルート。第4は、公式の資料には現れにくい密貿易等のルートである。」の記述がある。
p63-65 「冊封使のルート」の項目で、p64 「これらの記録は、次の事を示している。第1に、琉球に小麦粉が持ち込まれた。第2に、小麦粉の食品が琉球でつくられた。第3に、スープの中に入っているソバ状の食べ物が、琉球で作られた。この事実とこれまでに明らかになった、泉州や福州を始め?南に見られた木灰を使ったかん水をつくる沖縄ソバと同じ技法の存在。さらに、泉州知府の出身地にみる、麺食の進貢使達への紹介の可能性。また進貢使達がまちがいなく食した麺の存在、太平麺や平安麺。そして、冊封使達と共に来琉した料理人の存在。これらのすべてが、進貢貿易の始まった早い時期に、或いは遅くとも1534年には、琉球に小麦粉とそば状の食べ物が持ち込まれた事を示している。」の記述がある。


『沖縄大学地域研究所紀要年報 1996年度 No.8』(沖縄大学地域研究所 [編]・刊、1996.7)
p89-99 「冊封使の琉球における食の考察 苦瓜和憲 宮城昌保」の論文がある。
p92-94 「麺食の供応」の項目で、p94 「明代に福州の料理人が琉球にくれば、当然切麺は琉球に紹介されたと考えなければならない。故に、蕭崇業の記録は、琉球に線麺が伝えられ、切麺が伝えられていた事を示していると解釈すべきであろう。しかも、冊封使らをもてなす宴でもあった七宴で、琉球側の料理人ではなく、冊封使に随行した?人の料理人(福建省の料理人)が調理したとある。この事は、琉球冠船料理を考える上でも大事な点である。なぜなら、琉球料理の礎になっているのは、福建料理である事を示唆している史実であるからだ。しかも、嘉靖13年(1534年)の陳侃の「使琉球録」にも上記の記述をみる事ができる。この史実は、遅くとも1534年には冊封使らが琉球に小麦食を紹介し、随行した料理人が琉球で麺をはじめとする小麦粉食品を調理し、琉球人たちも食していた事実として解釈されるべきである。」の記述がある。


『沖縄の食文化』(外間 守善 著、沖縄製粉、2010.3)
p78-81 「沖縄そば(スバ)」の項目で、p79 「かつては「支那スバ」と呼んでいたことから察して、もともとは中国から渡ってきたのであろう。小麦粉が手に入りづらいこともあったが、琉球王国が冊封使を接待していた時代はスバは高級な宮廷料理で、庶民の食からは程遠い存在であった。明治に入って「スバ屋」ができ始め、徐々に庶民料理として味も、形も変えられていったと考えてよいだろう。」の記述がある。


『沖縄事始め・世相史事典』 (山城善三、佐久田 繁 編著、日本図書センター、2013.4)
p298 「沖縄そばのルーツ」の項目で、「…王廷関係の古文書にも支那そばの記録はなく、小麦粉流入の自由化、王家の包丁人たちの調理技術の放出などを下敷きに、廃藩置県後に支那そばは誕生したのではないか。」の記述がある。


『琉球大学農学部学術報告 第50号』(琉球大学農学部 編・刊、2003.12)
p85-92 「沖縄の伝統食文化である木灰ソバの歴史と製造に関する研究 仲間勇栄」の論文で、p92 「現在、木灰ソバは中国甘粛省蘭州、タイのチェンマイ、沖縄の三箇所で確認されている。琉球への伝来は、14世紀末の中国からの「久米三十六姓」の渡来以降説と、中国からの冊封使による来琉(1372)以降説が有力と考えられる。」の記述がある。


『アジア遊学 No.53』(勉誠出版、2003.7)
p73-81 「揺らぐ原風景 沖縄そばの場合 西村秀三」の論文がある。
p74-75 「沖縄そば事始め」の項目で、p74 「沖縄そばは中国との冊封関係に由来する - 冊封使(琉球国王就任儀礼に派遣される中国の特使)に随行した調理師が、麺づくりの技を沖縄に伝えたとする説だ。あくまで推測。がしかし、冊封儀礼のメニューには麺料理が確かにあった。沖縄そばが福州麺などと同じくかん水を使った切麺(拉麺は手延べが本流)でることも傍証になるという。」の記述がある。


『私の好きな すばやー物語』(すばドゥシの会 編著、ボーダーインク、1995.6)
p117-121 「The history of 沖縄そば」の項目で、p117 「「麺」のルーツに関していえば諸説いろいろあるが、中国からの流れの麺であることは間違いない。中国の麺の代表的な製法のひとつに、麺棒を使って生地を薄く伸ばして、それを折りたたんで包丁で切るカムミエンというやりかたがあり、その生地としてかん水麺(小麦粉に炭酸ナトリウム系の天然ソーダを含んだ水〈かん水〉や木灰水を混ぜて作る麺)を使うものがある。一方沖縄そばの特徴も、木灰を水に漬けてできたうわずみのアクを小麦粉と混ぜて伸ばして生地を作る、というところにある。かんもアクもアルカリ性で、小麦粉の蛋白質に作用して、麺の色を黄色に変え、独特のコシと味にする。何故カムミエン系の麺が「沖縄そば」の原型になったのか、はっきりとした資料や伝承は現在の所ない。」の記述がある。


『波打つ心の沖縄そば』(まぶい組 編、沖縄出版、1987.8)
p65-66 「麺のルーツは」の項目で、「日本のラーメンも沖縄のそばも元々は「支那そば」といわれていたところを見ると、どうやらルーツは中国にあるらしい。しかし、ラーメンと沖縄そばの麺はかなり違うように見える。製造法を見るとラーメンは、生地を伸ばしていって麺の形にする、いわゆる拉麺という手打ちのやり方があるのだが、沖縄そばの麺をそんな風にして作っていたという記録はない。沖縄そばの場合は、切って麺の形にするのが普通のやり方である。また、ラーメンはかん水を小麦粉に混ぜて麺を作ったのに対して、沖縄そばの麺はかつて木灰を使っていた(今はかん水なのであるが)。」の記述がある。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
食品.料理  (596 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 風俗史学 13号 日本風俗史学会∥編 日本風俗史学会 2000.10 K38/N77 p61-71

2 沖縄大学地域研究所紀要年報 1995年度 No.7 沖縄大学地域研究所∥[編] 沖縄大学地域研究所 1996.3 K377/O52/7 p53-67

3 沖縄大学地域研究所紀要年報 1996年度 No.8 沖縄大学地域研究所∥[編] 沖縄大学地域研究所 1996.7 K377/O52/8 p89-99

4 沖縄の食文化 外間 守善∥著 沖縄製粉 2010.3 K383/H82 p78-81

5 沖縄事始め・世相史事典 山城/善三?編著 佐久田/繁?編著 日本図書センター 2013.4 K03/Y44 p298

6 琉球大学農学部学術報告 第50号 琉球大学農学部∥編 琉球大学農学部 2003.12 K60/R98/50 p85-92

7 アジア遊学 No.53 勉誠出版 2003.7 K302/A27 p73-81

8 私の好きな すばやー物語 すばドゥシの会∥編著 ボーダーインク 1995.6 K59/SU11/1 p117-121

9 波打つ心の沖縄そば まぶい組∥編 沖縄出版 1987.8 K59/MA12 p65-66
キーワード
(Keywords)
沖縄そば 沖縄料理 琉球料理 料理 ラーメン 中華麺
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000196570解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決