このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000194514
提供館
(Library)
愛媛県立図書館 (2110043)管理番号
(Control number)
2015-19
事例作成日
(Creation date)
2016年07月09日登録日時
(Registration date)
2016年07月09日 13時58分更新日時
(Last update)
2016年12月15日 11時50分
質問
(Question)
拝志(歯石)騒動後の藤堂高吉の蟄居先が宇和郡野村の旧庄屋緒方氏の元であるという伝承について記されている資料(書籍、史料)が知りたい。
回答
(Answer)
この伝承について書かれている書籍には以下のものがあった。
【資料1】依頼者の記憶どおり連載第13回に「拝志騒動 養子・高吉が抗争事件 責任を取り野村へ蟄居」いう記事が掲載されていた(平成12年12月9日付)。「その蟄居先は、野村の旧庄屋緒方氏のもとであったとの伝承が得られた。」と書かれており、具体的な情報源は明記されていない。
【資料2】【資料1】の連載最終回(第22回・平成12年12月20日付)に「執筆のベースとなった文献」として本資料が挙げられている。「第二部 藩体制成立期の地域社会 第六章 藤堂氏にみる御家騒動―高虎と高吉・高次」でも「なお高吉の蟄居先は、野村町の旧庄屋緒方氏のもとであったとの伝承が得られた。」と書かれているのみで情報源は明記されていない。
【資料3】【資料2】の初出となった論文。この時点から「なお高吉の蟄居先は、野村町の旧庄屋緒方氏のもとであったとの伝承が得られた。」と書かれているのみで情報源は明記されていない。
【資料4】「五.野村での蟄居謹慎生活」に、「高吉は、慶長九年(一六〇四)拝志事件により従って、その用意された伊予大洲(愛媛県大洲市)の南方野村庄という、周囲を深い山々に囲まれた、草深い地の庄屋宅に落ち着いた。同所の旧庄家には高吉の伝承がある。なぜ当地が蟄居先になったかの問いに、緒方真澄氏は「先祖の庄屋緒方与治兵衛惟照の兄弟惟定が藤堂高虎の重臣(家老)として仕え、惟照が庄屋となっていた為だろうと思われる。」といわれている。」などの記述がある。

【資料5】から【資料7】の書籍には野村への蟄居の記述はあるが蟄居先が緒方氏の元であることは明記されていない。

歴史史料については、まず藤堂家(津藩)の側の史料では【資料8】から【資料10】があるが、蟄居先が緒方氏の元であることは明記されていない。
次に近世伊予の地誌史料として【資料11】から【資料14】を調査したが、拝志騒動や緒方氏の元に藤堂高吉が蟄居したことについての言及はなかった。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
2000年に藤田達生氏が愛媛新聞で連載されていた「藤堂高虎と伊予」の13回目で紹介されていたと記憶している。
NDC 
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『藤堂高虎と伊予〔愛媛新聞切り抜き〕』(藤田達生/〔執筆〕〔愛媛県立図書館〕 〔2000年〕)<当館請求記号K289/トタ/2000>
【資料2】『日本中・近世移行期の地域構造』(藤田達生/著 校倉書房 2000年)<当館請求記号L210.47/フタ/2000>
【資料3】「藤堂氏の伊予支配」(藤田達生/著)『「社会科」学研究』第36号(「社会科」学研究会 1999年)<当館請求記号K377/43/36>
【資料4】「悲運の旧今治城主藤堂高吉の生涯」(緒方清子/著)『よど』第13号(西南四国歴史文化研究会 2012年4月)
【資料5】『愛媛県史 近世 上』(愛媛県 1986年)<当館請求記号K200/31> (「第一章 伊予八藩の成立 第五節 八藩の成立まで 二 松平氏以前の今治 2 藤堂高吉時代(一六〇八~三五)」※「えひめの記憶」(愛媛県生涯学習センター)< http://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/64/view/8045 >でも閲覧可能)
【資料6】『藤堂高吉公の生涯』(二代今治藩主藤堂高吉顕彰実行委員会 2003年)<当館請求記号K289/トタ> (拝志騒動に関する記述はp49~51にあり。)
【資料7】『今治城の謎』(土井中照/著 メイドインしまなみ事務局 2003年)<当館請求記号K221/ドア> (拝志騒動に関する記述はp76~77にあり。)
【資料8】『愛媛県編年史 第5』(愛媛県 1969年)<当館請求記号K201/9/5> (慶長九年九月に「幕府、松山城主加藤嘉明および藤堂高虎の家臣の闘争の訴訟をさばく、嘉明の弟忠明・高虎の養子高吉ともに出家する」の項があり、「聿脩録」「宗国史」「高山公実録」「武家高名記」より史料の引用がなされている(p491-496)。)
【資料9】『公室年譜略 藤堂藩初期史料』(清文堂出版 2002年)<当館請求記号215.6/コウ/2002> (拝志騒動に関する記述(p179)。)
【資料10】『高山公実録 藤堂高虎伝 上巻』(清文堂出版 1998年)<当館請求記号289.1/トタ1/1998> (拝志騒動に関する記述(p253-256)。)
【資料11】「宇和旧記」『予陽叢書 第2巻 宇和旧記 上』(〔井関盛英/著〕 愛媛青年処女協会 1928年)<当館請求記号K200/2/2> (※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット上で閲覧可能( http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1191892 )。「野村殿」の項目に旧野村町の記述がある。)
【資料12】『愛媛面影 第5増補版』(半井梧菴/〔著〕伊予史談会 1999年)<当館請求記号K290/57>
【資料13】『予陽郡郷俚諺集・伊予古蹟志』(奥平貞虎/編 伊予史談会 1987年)<当館請求記号K290/67>
【資料14】『西海巡見志・予陽塵芥集』(伊予史談会 1985年)<当館請求記号K290/64> (内容:四国七城巡見録(抄)、西海巡見志(抄)、予陽塵芥集、伊予国旧蹟考)
キーワード
(Keywords)
拝志騒動
歯石騒動
藤堂高吉(とうどう たかよし)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000194514解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決