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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000192120
提供館
(Library)
神戸市立中央図書館 (2210004)管理番号
(Control number)
神戸図-1025
事例作成日
(Creation date)
2011年06月21日登録日時
(Registration date)
2016年05月12日 14時12分更新日時
(Last update)
2016年10月26日 16時54分
質問
(Question)
「会下山」の名前の語源及び由来.
回答
(Answer)
『神戸市内町名由来記 下』(福原源九郎)に「この丘を会下と呼んだのは大和の法隆寺の管理下にある下寺があったからで、下寺のことを会下所といったものである。このことは大聖釈迦牟尼仏が菩提樹下ではじめて説法せられたとき、多くの比丘たちが、その足下に集って妙法を聞いたのを会下聴聞すとあることから起り、本山は大法を発する所で、その下寺は大法を伝える所で会下所という。」とあり。

『神戸の町名 改訂版』(神戸新聞総合出版センター)には「会下山の名は江戸時代には延喜山、江家山、壊下山と書かれている。『西摂大観』によれば、江家山はかつてこのあたりにあった房王寺の山号で、今に残る塔の本、東大門、車寄、大門鳥居前などの字名はその名残りであるという。」とあり。
『地名でたどる小さな歴史Ⅱ』(神戸新聞総合出版センター)には、以下のような記述あり。
「会下山の語源について、明治の地誌『西摂大観』は、すぐ西にあった江家山房王寺の山号からついたという説と、禅僧の会所になったからという説を掲げている。房王寺は平城天皇の皇子・阿保親王が建立したという伝承を持つ。阿保親王は平安時代の有名な歌人在原行平・業平兄弟の父。在原家は大江氏の一族で大江に因んで江家と称し、会下に転じたという。(中略)これに対し、禅僧の会所は“会下”と書いて“エカ”とも読んだ仏教用語。(中略)しかし、地名語源には “えぐ”(崩壊地名)という説もあって語源をたどるのは容易ではない」

その他の参照資料 :参考資料1ー
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 8版)
参考資料
(Reference materials)
『神戸史談』233号(昭和43年7月号 神戸史談会)
『ひょうごの地名再考』(神戸新聞総合出版センター)
『地名にみる生活史』(神戸新聞社)
『ひょうご地名考』(後藤書店)
『兵庫県の難読地名がわかる本』(神戸新聞総合出版センター)
『由緒あるまち兵庫』(兵庫区役所)
『西摂大観』(中外書房)
『兵庫県大百科事典』(神戸新聞社)
『兵庫県の地名』(平凡社)
『角川日本地名大辞典 兵庫県』(角川書店)
『神戸の史跡』(神戸新聞総合出版センター)
『神戸歴史散策』(保育社)
『埋もれた神戸の歴史』(神戸史学会出版部)
『大阪神戸地名小辞典』(三省堂)
キーワード
(Keywords)
神戸市--地名
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
メールレファレンス
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000192120解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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