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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000189880
提供館
(Library)
岡山県立図書館 (2110029)管理番号
(Control number)
M15061119277245
事例作成日
(Creation date)
2015/6/15登録日時
(Registration date)
2016年03月28日 00時30分更新日時
(Last update)
2018年03月25日 00時30分
質問
(Question)
岡山(三蟠)と高松の間を就航した玉藻丸について知りたい。
回答
(Answer)
・『宇高航路五十年史』(資料①)の巻末年表では、明治36年3月18日に「山陽汽船商社、岡山~高松間、尾道~多度津間航路を開設」、「京橋(岡山市)~三蟠間は旭丸、三蟠~高松間は玉藻丸」が就航を開始している。また、大正12年6月29日に「山陽丸就航。玉藻丸、高松港に係船」、大正13年3月1日「玉藻丸・児島丸、瀬戸内連絡急行汽船会社に売却」とある。

・『鉄道連絡船100年の航跡』(資料②)では、山陽鉄道が「宇野‐高松連絡航路」を明治43年6月に開設、「岡山‐高松間航路」が廃止となり、「玉藻丸と児島丸は『宇高航路』へ移った」としている。

・『鉄道連絡船細見』(資料③)巻末の「鉄道連絡船主要目一覧表」には、玉藻丸の製造所、総トン数、寸法、搭載人員等のデータが掲載されている。


・「山陽新報」では、次のとおり玉藻丸の就航開始記事が確認できる。

   岡山高松間の連絡汽船広告(資料④)
   「四國連絡船彙報」(資料⑤)
   「高松三蟠間聯絡船の歓迎」(資料⑥)

そのほか、下記資料中には「玉藻丸」の写真が掲載されている。

・『岡山の乗り物』(資料⑦)
・『岡山の交通』(資料⑧)
・『就航100周年 宇高連絡船の歴史』(資料⑨)
・『新聞記事と写真で見る世相おかやま 昭和戦前明治大正編』(資料⑩)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
高松百年史編集室『高松百年史 上巻』高松 高松市,1988,809p. 参照はp.209-210.
NDC
海運  (683 9版)
参考資料
(Reference materials)
①日本国有鉄道宇高船舶管理部『宇高航路五十年史』高松 日本国有鉄道宇高船舶管理部 ,1961,285p. 参照はp.257-263.
②古川達郎『鉄道連絡船100年の航跡 2訂版』 成山堂書店 ,2001,360p. 参照はp.34-35.
③古川達郎『鉄道連絡船細見』 JTBパブリッシング,2008,191p. 参照はp.182-183.
④『山陽新報』1903年3月17日朝刊第5面.
⑤『山陽新報』1903年3月18日朝刊第1面.
⑥『山陽新報』1903年3月19日朝刊第1面.
⑦蓬郷巌『岡山の乗り物』岡山 日本文教出版,1998,157p. 参照はp.25.
⑧藤沢晋『岡山の交通』岡山 日本文教出版,1972,216p. 参照はp.194.
⑨『就航100周年 宇高連絡船の歴史』岡山 岡山市デジタルミュージアム,2010,48p. 参照はp.9.
⑩『新聞記事と写真で見る世相おかやま 昭和戦前明治大正編』岡山 山陽新聞社,1990,373p. 参照はp.96.
キーワード
(Keywords)
三蟠
山陽汽船商社
山陽鉄道
宇高航路
鉄道連絡船
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
M2015061119295877245
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
全年齢
登録番号
(Registration number)
1000189880解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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