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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000188940
提供館
(Library)
大阪府立中央図書館 (2120005)管理番号
(Control number)
6001012976
事例作成日
(Creation date)
2015/10/10登録日時
(Registration date)
2016年03月06日 00時30分更新日時
(Last update)
2016年03月06日 00時30分
質問
(Question)
「蕎麦」という文字について、「本草和名」という918年の書物に「曾波牟岐」、「和名類聚鈔」(931~938)には「久呂無木」とあるそうですが、それぞれの書かれている内容を簡単に教えて欲しい。
回答
(Answer)
※各記載につきまして、旧字体を改める等、資料に記載されている文字と異なる表記をしている文字があります。また、[]内で漢字を説明している文字もあります。ご了承ください。

『本草和名』と『倭名類聚抄』の記載については次の通りです。

●『日本古典全集 [1-42] 本草和名 下巻』(与謝野寛/[ほか]編纂校訂 日本古典全集刊行会 1926.8)
四十四丁裏に「[「右」の下に「向」の点がない字]麦 出崔禹 和名曽波牟岐」とあります。
また、「本草和名訓纂」の「ソ」の項目に、「[「右」の下に「向」の点がない字]麦 ソバムギ 下ノ四四ウ」とあります。

●『倭名類聚鈔 [1] 自一巻至二十巻』([源順/著] 風間書房 1977.10)
「倭名類聚鈔巻第十七」の四丁表から裏に「蕎麥 孟[言偏に先]食経云蕎麥 蕎音喬一音驕 和名曽波牟岐 一云久呂無木 性寒者也」とあります。

表示できない文字等は、次の資料に翻字が記載されていますので、合わせてご紹介いたします。

●『語源辞典 植物編』(吉田金彦/編著 東京堂出版 2001.9)
p139「そば 蕎麦」の項目に、「『続日本紀』に、養老六年元正天皇が飢饉対策に蕎麦の栽培を命じたことが記されている。『本草和名』に「蕎麦、和名曽波牟岐」、『和名抄』に「蕎麦 曽波牟岐、性寒者也」とある。漢名蕎麦。異名クロムギ(黒麦)。」という記載があります。


参考までに、次の資料の記載も紹介します。

●『日本料理由来事典 中 す~わ』(川上行蔵/監修 同朋舎出版 1990.8)
p62「そば 蕎麦」の項目に「そばの発祥地については諸説あるが、中国の雲南省が有力である。ソバは漢名でチャオマイというが、ほかに烏麦【うばく】、花蕎【かきょう】など、さすが文字の国だけあって異名が多い。日本では『本草和名』(九一八)および、『和名類聚抄』(九三一~三七)に曾波牟岐【そばむぎ】、久呂無木【くろむぎ】と訓読している。「そば」の名は、ソバの実が稜角(とがったかど)の形をしており、山のけわしいところや斜面を岨【そう】といい、昔は「そば」といったところからきている。久呂無木は実の皮が黒褐色であるためだが、漢名の烏麦【くろむぎ】にも通じる。牟の正字は[麥繞に牟]【ぼう】で、大麦のことをいい、牟岐は大麦・小麦の総称である。鎌倉時代までソバムギまたはクロムギと訓読していたが、室町時代の漢和辞典『下学集』(一四四四)には喬麦【そば】と記されている。『続日本紀』巻九(七二二)に元正天皇が、ソバムギを救荒作物として栽培を奨励したとの記述があるが、奈良時代以前にソバムギの栽培方法が普及していたと推察される。」とあります。(必要と思われる部分のみ、振られているルビを【】で記載しています。)

●『暮らしのことば新語源辞典』(山口佳紀/編 講談社 2008.11)
p516「蕎麦」の項目に「ソバムギのソバ(稜)はとがったものの意で、ソバの実には三角形の突起があることによる。『和名抄』(一〇世紀前半)には、実の色からついたと思われるクロムギの語もある。」とあります。

●『そばの本』(植原路郎/共編 柴田書店 1969.7)
p286-289「「ソバ」の語源」において「「ソバ」の語は中国の「蕎麦」に通じる。「蕎」(きょう)という文字については「はやひとぐさ」(薬草の一種)という訓もあるが、蕎麦となると「ソバ」を指すことは、唐代の民衆詩人白楽天(白居易=七二二~八四六)の詩句によっても察せられる。「蕎麦鋪花白」とあるのはそれである。(中略)「言泉」(落合直文編)によれば「ソバは実の外皮に三つの稜あるよりいう。そばむぎ、そまむぎ、くろむぎという」とある。(中略)わが国では延長年間(十世紀初期)には、「曾波牟岐一名久呂牟岐」とあり、天養~治承のころ(十二世紀中期)から「蕎麦」の文字が用いられたという。文化二年版(十九世紀初頭)谷川士清の『和訓栞』には「曾波乃木」「曾波牟岐」とある。中国では宋時代(十一世紀頃)の『嘉祐本草』にも蕎麦の文字があると言い、明の李時珍が一五九〇年に著わした『本草綱目』には「落麦」とあり、蕎麦を現わす語には、木麦、花蕎、花麦、華麦、陪麦、甜麦、黒麦、伏麦、などの文字もある。「蕎」と「[草冠に収]」とは音通であるために「[草冠に収]麦」の文字もある。」という記載があります。

次に古典籍を中心に調査しました。

『本草和名』 深江輔仁奉勅撰 江戸 和泉屋庄次郎 寛政八年序 2冊 和装 【645/40/#】 の下冊
第四四丁ウラに「[「右」の下に「向」の点がない字]麦 出崔禹 和名曽波牟岐」とあります。
「出崔禹」とは出典:崔禹錫(隋代の医家)のことで、『崔禹錫食経』のことと思われます。
『崔禹錫食経』については、インターネット上に「『崔禹錫食経』の研究」 中橋創太著 が掲載されています。
http://mayanagi.hum.ibaraki.ac.jp/students/05/nakahashi/index.html  (最終確認 2015.7.18)
卒業論文に一部修正したものとあります。

『倭名類聚鈔』 源順著 京都 村上勘兵衛 寛文七 10冊 和装 【272/66/#】 の九冊め
巻十七 第四丁オモテに「蕎麥 孟詵食経ニ云 蕎麥ハ蕎ハ音喬一音ハ驕和名曽波牟岐 一ニ云久呂無木 性寒ナル者也」(文中、ニ、ハ、ナルはすべて漢字の右下に小さく表記)とあります。
「孟詵食経」の「孟詵」とは中国唐代の医家で、『食療本草』等の著者です。『孟詵食経』という書物か、孟詵の書いた『食経』か、また他のものを略したものかは不明でした。

[事例作成日:2015年10月10日]
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
辞典  (813 8版)
参考資料
(Reference materials)
日本古典全集 [1-42] 与謝野/寛∥[ほか]編纂校訂 日本古典全集刊行会 1926
倭名類聚鈔 [1] [源/順∥著] 風間書房 1977
語源辞典 植物編 吉田/金彦∥編著 東京堂出版 2001.9 (139)
日本料理由来事典 中 川上/行蔵∥監修 同朋舎出版 1990 (62)
暮らしのことば新語源辞典 山口/佳紀∥編 講談社 2008.11 (516)
そばの本 植原/路郎∥共編 柴田書店 1976 (286-289)
キーワード
(Keywords)
蕎麦(ソバ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
その他
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000188940解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決