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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000185109
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2015-084
事例作成日
(Creation date)
2015/01/22登録日時
(Registration date)
2015年12月04日 14時25分更新日時
(Last update)
2016年01月15日 11時20分
質問
(Question)
松尾芭蕉は源(木曽)義仲に感銘を受け、自分の墓を琵琶湖のほとりにある義仲の墓の隣に建てるよう遺言した、と何かの本で読んだことがあるが、どういうところに感銘を受けたのか知りたい。
回答
(Answer)
関連する記述のあった以下の資料を紹介した。

『芭蕉の俤』(平泉澄著 日本書院 1952)
 p65-86「第三 木曽」は、木曽義仲に対する芭蕉の心情について論じた章。
「芭蕉は、元禄二年の秋、奥の細道の長き旅の終りに、越前の燧が城を望み見て、曾て木曾が破竹の勢を以て京を進撃した昔を回想し、(この句は奥の細道には入れられなかったが、別の句集(「荊口句帖」のこと)に見えている。)義仲の 寝覚の山か 月悲しとよんだ。この句には木曾を悲劇の主人公として、之に同情を惜しまない心持があらはれている。」とあり。
『芭蕉の文学』(宮西一積著 桜楓社 1973)
 芭蕉の心情を考察した記述あり。
『芭蕉ハンドブック』(尾形仂編 三省堂 2002)
 p192「芭蕉語録辞典」に「木曾義仲」の項あり
 「(前略)芭蕉は、元禄三・四年(一六九〇~九一)しばしば木曾塚(義仲寺)に逗留、その塚の隣に遺骸を埋葬することを遺言するなど、義仲に対し特別な感懐を寄せるところがあった。発句でも「義仲の寝覚めの山か月悲し」(『荊口句帖』)、「木曾の情雪や生えぬく春の草」(『芭蕉庵小文庫』)の二句に読まれている」とあり。
『校本芭蕉全集 1』(松尾芭蕉著 角川書店 1962)
 p211「義仲の 寝覚めの山か 月悲し」の句について安部喜三男の解釈あり。
『校本芭蕉全集 2』(松尾芭蕉著 角川書店 1963)
 p114芭蕉の句「木曾の情雪や生えぬく春の草」について荻野淸と大谷篤藏の解釈あり。
『霜山徳爾著作集 6 多愁多恨亦悠悠』(霜山徳爾著 学樹書院 2000)
 p158に関連記述あり。
回答プロセス
(Answering process)
芭蕉が義仲に感銘を受けた以外の理由の記述があった資料
1 遺言の内容について
『校本芭蕉全集 9』(松尾芭蕉著 角川書店 1967)
 p316「芭蕉遺語集」に、「芭蕉翁行状記」からの引用で「偖(サテ)からは木曾塚に送るべし。爰(ここ)は東西のちまた(巷)、さゞ波きよき渚なれば、生前の契深かりし所也。懐しき友達のたづねよらんも便(たより)わづらはしからじ」とあり。
『注解芭蕉翁終焉記 「芭蕉翁終焉記」を読む』(今泉準一著 うぶすな書院 2002)
 p211-212「(義仲寺は)生前の契り深い所(幻住菴を出てから、義仲寺内の菴に一時滞在)であり、また友の訪ねる便もよい、と其角の文によれば、「たはぶれ」に語ったのを、乙州は「敬して約束たがはじ」とうけ負った、とあるが、これも半ばはたわぶれであったかも知れない。ところでこれが本当にそうなってしまった。」「もし乙州へのこの言がなかったら、弟子たちは芭蕉をどこへ葬るか、大変なもめごとになったろう。」とあり。

2 その他記述のあった資料
『芭蕉最後の一句 生命の流れに還る 筑摩選書』(魚住孝至著 筑摩書房 2011)
 p279-280「義仲寺の芭蕉塚」の項に義仲への思いや門人の集まりやすい地であることのほか、「京都よりもはるかに古い近江京で、人麻呂以来の「楽浪(さざなみ)や」の歌なども思い起こしながら、「行春を近江の人とおしみける」と懐かしんだ地である。」とあり。
『注解芭蕉翁終焉記 「芭蕉翁終焉記」を読む』
 p83「このようにして、大津・膳所・粟津の義仲寺よりの琵琶湖の景、さらにはすぐ前の文の堅田等、湖南における風景等、を「心の物にして」「遊べること年あり」と述べているが、「心のものにして」は、風景を眺め味わい、十分にわが心のものとして、ぐらいの意。」とあり、これが芭蕉に湖南の景を詠んだ名句・名文の多くあることの理由とする記述あり。
『郷土史事典滋賀県』(徳永真一郎編 昌平社 1982)
 p141「芭蕉はその後たびたび無名庵を本拠として膳所・大津の門人宅に遊んでいるが、これは湖南の風光がとくに彼の趣向に適したのと、湖南の門人が俳諧に特別熱心で、彼を敬愛したためである。」とあり。
『図説近江古寺紀行』(木村至宏著 河出書房新社 1995)
 p10「近江のすぐれた風光、恵まれた門人、義仲の生涯に心を寄せていた芭蕉は、(中略)遺言を残した。」とあり。
『滋賀県百科事典』(大和書房 1984)
 p196「義仲寺」の項
 「1689年(元禄2)12月、松尾芭蕉が滞在し、1691年(元禄4)には、この地を愛する芭蕉のために「粟津草庵(のちの無名庵)」がたてられ」とあり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『芭蕉の俤』(平泉澄著 日本書院 1952)
『芭蕉の文学』(宮西一積著 桜楓社 1973)
『芭蕉ハンドブック』(尾形仂編 三省堂 2002), ISBN 4-385-41040-2
『校本芭蕉全集 1』(松尾芭蕉著 角川書店 1962)
『校本芭蕉全集 2』(松尾芭蕉著 角川書店 1963)
『校本芭蕉全集 2』(松尾芭蕉著 角川書店 1963)
『校本芭蕉全集 9』(松尾芭蕉著 角川書店 1967)
『霜山徳爾著作集 6 多愁多恨亦悠悠』(霜山徳爾著 学樹書院 2000), ISBN 4-906502-20-2
『注解芭蕉翁終焉記 「芭蕉翁終焉記」を読む』(今泉準一著 うぶすな書院 2002), ISBN 4-900470-17-1
『芭蕉最後の一句 生命の流れに還る 筑摩選書』(魚住孝至著 筑摩書房 2011), ISBN 978-4-480-01527-3
『郷土史事典滋賀県』(徳永真一郎編 昌平社 1982)
『図説近江古寺紀行』(木村至宏著 河出書房新社 1995), ISBN 4-309-72498-1
『滋賀県百科事典』(大和書房 1984)
キーワード
(Keywords)
松尾 芭蕉(マツオ バショウ)
源 義仲(ミナモト ヨシナカ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物 地名
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000185109解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決